2016年08月05日

「鼓を通して知るやまとごころ 〜鼓演奏&鼓体験ワークショップ〜」

開催日時:2016年8月3日(水)
講師:大倉正之助、鼓道(つづみどう)

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記念すべき100回目となった今回のACCは、めでたい鼓の演奏会となりました。
講師の先生は、囃子大倉流大鼓方能楽師の大倉正之助氏。
能舞台だけでなく、大鼓ソリストとしても世界で活躍されているとのこと。
バチカンでのローマ法王のクリスマスコンサートや、総合格闘技Dynamite!の試合前のステージなど、10万人クラスの観客の前で演奏したこともあるそうです。

今では欧米文化が私たちの日常生活に色濃く取り入れられていますが、そもそも「調べ」という言い方があるように、日本の音は調和をなすものとされてきたのだそう。

鼓は、日本古来の打楽器で、600年前の室町時代ごろに盛んになったとのことです。
かつては武士のたしなみとして習い事だったのだそう。
石川三成の末裔だという先生。ご先祖様は音楽家ではなく、戦国武将だったわけですね。

今回は、30名のみの少数の会。
「今宵は新月ですね」と、先生が言われます。
(風流だなあ)と思ったら、かつての日本は陰暦で、月の満ち欠けが基準になっており、日取りを決める時に、月の動きは大きく作用していたようです。
その日の月の形によって、宴の様子も変わったのかもしれません。

鼓は和楽器として知っているつもりでしたが、実際に触れたことはありません。
ひな人形の五人囃子の一人が演奏している、それが一番身近な存在でした。

私たちがふつう連想するあの鼓は、小鼓です。
肩に載せて叩いて演奏しますが、世界中の打楽器でも、下から叩くものは非常に珍しいのだそうです。

が、きゃしゃで壊れやすいため、扱いづらいのだそう。
今回は、頑丈で壊れない大鼓です。

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ほかの打楽器のように、あの形が常なる形だと思っていたら、実はあれは演奏する時の完成形で、通常はパーツごとにバラバラにしているのだと知って、驚きました。
中央の細くくびれた木製の胴と、その両端にある、皮の張られた叩く面、そして楽器を締めるひも。
この3種がバラバラになった形から、演奏者が組み立てて鼓を完成させました。
真ん中のパーツは、漆塗りに金蒔絵の桜の木、両側の叩く面は馬の皮、そして編んだ麻紐と、全て天然のものを組み合わせてできた鼓は、さまざまな生命の命から成っているといいます。

毎回演奏前に組み立て、終了後に分解するのは、オーバーホールの意味があるのだそう。ばらして弛めて、楽器を休め、メンテナンスをするためだそうです。

また、鼓の音はどれも違い、一緒の音は出ないのだそう。
それは、演奏する空間の広さや湿度などが影響するほか、打ち手の身体と関係するからだそうです。

先生のお弟子さんたちが、「序破急」を演奏してくれました。
ちなみにお弟子さんの一人で演奏の音頭を取った人が、私の大先輩。
チェロを弾く方ですが、鼓を叩く様子も立派でした。

真ん中の人の掛け声に合わせて、三人一緒に演奏します。
「序」「破」「急」は、起承転結のようなもので、「破」は掛け合いになりました。

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迫力の演奏を間近で聞いて、しびれました。
鼓の音色は「天地の音」と表現されるそうです。

演奏を聴いた後、私たちも先生にならって鼓を打ってみました。
刀を鞘から抜くときのように、静かに横に手を引いてから打ちます。
息を吸い、吐きながら手を引いていき、息を止めて打つ。
呼吸と共に演奏することで、楽器と一つになって音を出すプリミティブな感覚を味わいました。 

最後に先生の独奏を聴きました。
オリジナルの「獅子」。ライオンではなく、牡丹とともに登場し、文殊菩薩に仕える霊獣の方です。

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演奏前の集中力の高まりに、聴く前から引きこまれました。
打楽器の鼓は、メロディーは出せませんが、言葉では表現できない音楽の渦がそこにありました。
曲の持つ躍動感に、奏者の咆哮のような轟く声量。
演奏が終わった後は、奏者だけでなく、聴いている私たちもみんな、魂を持っていかれたように放心状態になりました。

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最後に、全員で鼓で一本締めをして、会はお開きとなりました。
素晴らしい機会を得られた今回の鼓体験。
静かな興奮のひとときを過ごし、伝統楽器には底知れぬ魅力があるものだと実感しました。
また何かの折に触れられればいいなと思います。

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2016年08月03日

銀河座「耳なし芳一」&「サブテーマ・本当の七夕」

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銀河座の今月のテーマは『耳なし芳一』。
こわいですね〜。怪談とは夏らしいですが、星座との結びつきは分かりません。
ヒュードロドロといった効果音がしたらいやだなあと思いながら、向かいました。

いつも開演前に、お茶を出していただきますが、今回は暑い夏の日ということで、炭酸水が出ました。
専用機械にかけて、館長自ら作ってくれました。シュワッとさわやか!

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イタリア留学をされた館長は、イタリアに造詣が深く、先日イタリアのプラネタリウムで講演をしてこられたそうです。
今回はその時のプレゼン資料も使われており、時々イタリア語での表記が投影されていました。

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小泉八雲の怪談、芳一話は、少女漫画風のきれいなイラストで解説されたので、そう怖さはありませんでした。
でも逆に、絵で描かれると具体性が増します。
さらに、実際に身体中にお経が書き込まれた人の写真が紹介されて、一気に現実味を帯びたものになりました。

芳一にはモデルとなった上人がいたそうです。気になる耳は無事だったそうです。
「かつて、秘密事項を聞きすぎたので何らかの罰を受けた」などの意味を含めたものなのかもしれません。

芳一の身体中に書かれたお経は、般若心経でした。
意味の解説を受けます。三蔵玄奘がサンスクリット語から漢語に訳したものです。
館長はお寺の住職さんなので、この辺りはご専門。
プラネタリウムのドームに、般若心経が大きく映し出されるのは、なんだか不思議な感覚でした。

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琵琶法師である芳一の十八番は『平家物語』。
壇ノ浦での源氏と平家の戦いが語られます。
もはやこれまでとなった時、「どこへ行くの?」と聞いた3歳の天皇に祖母の尼さんは「海の下にも都はございます」と答えて、一緒に入水をするシーンが、聞く人々の涙を誘う場所。
私も切なくなります。やはり長い年月の間、日本人の心を締め付けてきた箇所は一緒なんですね。

この壇ノ浦の合戦は、はじめは平家が優勢だったのが、「潮の流れが変わったために」源氏に有利となったそうです。
ただ、館長は(違うのではないか)と思っているのだそう。
館長の推察は、この海戦の平家の総領であった源義経が、ルールを破って平家側の船の船頭を撃ったのではないか、というもの。
船頭は、武士ではないため、殺してはいけないという不文律があったそうです。
それを、手段を選ばず殺していったことで、平家側がパニックに陥り、敗北に追い込まれたのではないか、ということです。
そうであるならば、義経は武士の風上にも置けない、ひどいルール違反者ですね。見損ないそうです。
かなりそんな気もするため、心に留めておいて、機会があったら調べてみたいと思います。

それから、七夕の話になりました。
先月のようですが、旧暦だと今月になるそうです。
織姫星と彦星の恋人同士の話ということで、館長がアダルトな説明をしてくれました。
「聞いている人、みんな大人だから、いいでしょう」さすが、イタリア帰り!
でも一人、中学生が親御さんと一緒に参加していたんですね〜。まあ刺激的!

実は館長とは誕生日が一緒。
今回は、生年月日が一緒の友人と一緒に行き、挨拶をしました。
来たる翌々日の誕生日を、お互いにお祝いし合いました。

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館長から一昨年いただいた、山崎直子飛行士の宇宙アサガオ。
うまく花が咲いたので、周りの友人に種をおすそ分けしました。
今年も、葉が生い茂っており、あとは花が咲くのを待つばかりといったところです。

2016年07月30日

第22回 『秘蔵の名品 アートコレクション展』旅への憧れ、愛しの風景-マルケ、魁夷、広重の見た世界-

2016年7月29日(金)
会場:ホテルオークラ東京 宴会場「アスコットホール」
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本展覧会の監修者の熊澤弘氏に見どころを紹介していただきながら拝観したブロガーナイト。
* 撮影は主催者の許可を得ています。

今回のテーマは「旅」。中でも東山魁夷、アルベール・マルケ、歌川広重という旅を愛した3名の画家に注目したものとなっています。
まず出迎えてくれたのが、「歩み入る者に安らぎを 去り行く人にしあはせを」と書かれた色紙。
これはローテンブルクのシュピタール門に刻まれたもので、東山魁夷のエッセイで紹介されていたこの言葉を、彼と交流が深く、またホテルオークラを定宿にしていた川端康成が「このホテルの精神そのものだ」としたためて贈ったものだそうです。
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芸大卒の赤松麟作『夜汽車』(1901)がありました。
熊澤先生曰く「ドーミエの『三等列車』を彷彿とさせる」作品。
黒田清輝の弟子筋で、黒田率いる白馬会にも参加していたそうです。
夜汽車に乗る人々が描かれており、床に落ちた果物の皮などで床を強調する手法は18世紀のオランダ絵画の影響を受けているとのことでした。

せまりくるように重厚で大きな油絵作品『夜汽車』に圧倒されましたが、そのそばに、山下清が宮島の風景を描いた小さなペン画の作品が3点飾られており、そのやさしいタッチにほのぼのしました。

東山魁夷作品は11点。
『スオミ』(1963)は、スウェーデン語で「湖」という意味で、北欧の深い自然が丁寧に描かれた作品です。
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『スオミ』等、ヨーロッパの景色を題材にした彼の洋画3点が飾られたその反対側には、墨の濃淡で描かれた六曲一双の墨絵『山峡朝霧』(1983)が掲げられていました。
どちらを向いてもすがすがしい空気が漂っている世界。それでも描かれた風景題材はまったく違うもので、そのコントラストが印象的でした。

東山作品と同じコーナーにあり、同じように存在感を放っていたのが、横山大観の連作『海山十題』(1940)からの4作。
この連作は今回の展示作品の中で最高評価額となるそうです。
もともとは、戦時中にこの絵画で得た資金で戦闘機「大観号」を作り、陸海軍に献納したもの。
一枚ずつバラバラに売りに出されたため、10枚連作のうち4作がまとまって展示されるのは奇跡に近いそうです。
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牧野義男の『テームス河畔』(制作年不詳)珍しい。20年以上展示されていなかったという作品。
英国滞在中に生み出した「シルクベール」という技法で幻想的な淡いパステル調の作品を描いています。
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日本画では上村松園の『菊の香』(1945頃・画像左)と伊藤深水の『鏡獅子』(1962・画像右)の優美な二作が並んで飾られており、花が咲いたように華やいでいました。
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アルベール・マルケは20世紀フランスの画家。1991年に茨城県立美術館で行われた回顧展以来の展覧会。
1907年にルオー、マティスとフォービスムの初期運動に参加したものの、しだいに穏やかな作風へと変わっていきました。
淡いタッチで描かれた風景は、凪いだように静かで落ち着いたイメージ。
ギュスターブ・モローに学んだそうですが、師のような神秘主義的方向には行かなかったようです。
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来日したことがあるという彼。その時に大原孫三郎が本人から直接購入した作品は、大原美術館に保管されているとのことです。
戦後の1947年に彼が他界してから、妻が作品をどんどん売ったため、その頃に日本にきた作品も多いとのことでした。
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マルケの展示コレクションの中で、松澤先生が一番お気に入りというのがサントリー社所蔵の『ポン・ヌフ夜景』(1938・画像右)。
ポン・ヌフの作品はその他2点あり、3点が並んで展示されていました。(画像左は『ポン・ヌフとサマリテーヌ』)
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私は『ツーロンの港』(制作年不詳・画像右)と『ロルボワーズ』(制作年不詳・画像左)にしばし見入りました。
場所が全く違いますが、タッチと色彩が似ているため、どこか似た2作となっています。
制作年は不詳ですが、どちらも同じ時期に描かれたものではないかと想像されます。
前者は松岡美術館、後者は吉野石膏振興財団所蔵。
違う美術館の所蔵品が並び、同時に楽しめるのは、特別展ならではです。
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ちょうど今、パリ近代美術館でもマルケ展が開催されているとのこと。マルケファンが増えそうです。
同じコーナー内に、デュフィの作品が一枚ありました。初めて見る『ヴェルサイユ城風景』(1930-35)だったので嬉しかったです。

そして一つの部屋をまるまる使って、歌川広重の『保永堂版 東海道五十三次』続絵55枚(1833-34)。
十返舎一九の『東海道中膝栗毛』がヒットし、旅への関心が高まった時だったそうです。
詳細に描かれているので、てっきり本人も芭蕉のように歩きながらスケッチをしていったものと思いましたが、全てを歩いたわけではなかったようです。
いまでこそ、東海道の絵といったら彼の作品が思い出されますが、当時は参考となるさまざまな絵があったそうです。

いつもふかふかのカーペットの上を歩き、贅沢な気分で鑑賞できるホテルオークラの夏の展覧会。
今回は、東海道五十三次の展示もあることから、例年以上の127作品が展示された、見がいのあるものとなっています。

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『第22回 秘蔵の名品 アートコレクション展』
 2016年7月27日〜8月18日
 http://www.hotelokura.co.jp/tokyo/events/art/

posted by リカ at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 【finearts】西洋画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月21日

「地域を盛り上げる、デザイン的思考とイノベーション 」

03211309_56ef74006150e.jpg7月20日(水)at PLUS+(ACC-612) by 岩佐 十良(いわさ とおる):「自遊人」編集長

講師はライフスタイル雑誌「自遊人」の編集長。
以前は「東京ウォーカー」や「東京一週間」の編集・記事に携わっていたそうです。
都心のイベントから地方の情報の紹介にシフトしていった方なんですね。

現在では事業の本拠地を、東京から新潟県の南魚沼に移し、食のプロデュースも行っているそう。
150年前の古い旅館をリノベーションした「里山十帖」は、宿として初めて「グッドデザイン賞ベスト100」を受賞しました。
「十帖」とは十畳の部屋という意味かとよく質問されるそうですが、そうではなく、10のストーリーを持つということだそうです。

今回は、マーケティング的な面から語ってもらいました。
彼が目下大きな力だと感じているのは「共感メディア」。
以前は、いろいろな情報を落下傘のように次々と落としていけば「数撃ちゃ当たる」方式で人々に届いたといいます。
最大公約数を狙ったため、同じようなものばかりが流行ったのだそうです。

現在では、そうしたマスコミ主導方式では人に届かなくなり、人は、口コミの方をより信頼するようになったとのこと。
その「共感マーケティング」の流れに乗ってターゲットを絞り込むと、大ブームは起こさなくても、口コミによって強烈なファンやリピーターを獲得できると言います。

ミッションに共感してもらうには、「何をすべきか」を原点に置くことが大切。
共感の統合が編集ということになります。
確かに、かつてバブルの頃には、誰もが流行りの紺ブレを着ていましたが、今では同じ服を着ている人はそうそう見なくなりました。

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アーティストは、自分の作りたいものをどんどん生み出していけばよいですが、デザイナーは、仕事を社会とコミットさせる、夢と源氏図を結びつけることも大切な仕事。
価値観の変化があった今は、「本物のラグジュアリー」とは高価な物品よりも自分にとっての「発見と感動」を意味するものになったため、それを提供する場として里山十帖を運営しているとのことです。

部屋数は全部で12室しかないそうですが、それに4億円もの初期投資をしたとのこと。
居心地の良い家具などにこだわり、宿の調度品などをその場で購入できるようにしたところ、家具だけで3千万円の売上げがあるそうです。ニーズがあるんですね。
その場ではなく、後日店舗で買う人もいることを考えると、かなり購買を促進させていることがうかがえます。

宿の運営のほかにも、地元の食材にこだわった店を「AG304」に選定し、広く紹介しています。
Aは永久(もしくはA級)、Gはグルメ、304とは廃藩置県前の藩数だとのことです。
インスタグラムの影響力による、スマホ上でのSNS戦略を広げているそう。

そんな彼は「情熱大陸」でも採り上げられました。
時代が求めているものや変化の流れを読み、それに合う形で情報を提供し続ける姿勢があるからこそ、都心を離れて地方に拠点を移しても、変わらず活躍を続けていられるのだろうと感じました。

2016年07月10日

ストレスの効能〜心理学的見地からみる自分の育て方・人の育て方〜

7月06日(水)at PLUS+(ACC-611) by 仲田有佑(心理療法家)

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今回の先生は心理療法家の仲田有佑氏さん。
20数年人の心に携わってきた先生。この日はちょうどバースデイだったそうです。

30年ほど前は「心の病」といったらノイローゼかキチガイしかなく、その後、うつがでてきました。
今ではノイローゼよりもうつの症状の方がはるかに耳にする機会の多い、身近なものとなっています。

心の病の一つとされるADHD(注意欠如多動性障害)。
学校にいる多動症の生徒は、昔はクラスに一人程度でしたが、今は5、6人もいるんだとか。
先生一人ではとても対応しきれない状態で、ボランティアの父兄が教室の後ろで授業を見守り、多動症の生徒を抑えるそうです。

生きていく上での壁を自分の力で乗り越えていくことは心の成長となりますが、自力で対応できないことは心の病の原因となります。
心の病とは、自分の中の子どもが暴れ叫んで聞き分けがきかない状態。
それをおさえつけようとすると、悪化してしまう一方です。
それを育てようとするのが、心理療法だそうです。

日本人は劣等感がすごく強い民族。それは非を認めたくないという気持ちにつながり、相手の劣る点を探すようになるのだとか。
劣等感を抱えたプライドの高い国民性で、日本人の80%が「自分が嫌い」と答えるそうですが、自分を好きになると心の病は消えるそうです。
自分への興味を失わなければ心は折れないのだそう。
たしかに、おめでたいほどのナルシストの人は、見るからに幸せそうで心の病には無縁のようです。

現代はストレス社会と言われ、心の病気の原因はストレス(ひずみ)だとされて嫌がられますが、ストレスは悪い点ばかりではないのだとか。
ストレスは快のものと不快のものと二種類に分かれ、ストレスにチャレンジすることで心が強くなっていく、生きていく上で必要なものだそうです。
嫌いすぎずに上手な付き合い方を知ることが大事なのだとか。

ストレスの感じ方は人それぞれで、若い方が経験値が低い分耐久力が低いものです。
たとえば、子供の頃にエアコンなしで育った世代は、今でもエアコンがない状態にそれなりに対応できるものの、生まれた時からエアコンがあり、学校もエアコン完備だった世代は、エアコンがない状態には耐えられません。
それを批判せずに理解してあげないと、ストレスが発生し、心の病に発展するのだそう。
ですから年上が年下に合わせることが必要だとのことです。

自分自身が義務感を感じるものはストレスになりやすいもので、初心にかえってそれを始めた時のワクワクを思い出すことは重要だとか。
ストレスをコントロールするための方法として、やけ食いはその場しのぎではあるものの、必要な対処法だそうです。
ストレス発散のため、我慢せずにやけ食いをするのが良いようです。

心の病を抱えているのは、抜け道がない閉塞状態のように思えていましたが、先生のお話を聞いていると、向き合い方次第では克服可能なもののように思えてきました。
ストレスとはうまくつきあっていきたいものです。