2017年07月12日

「レオナルド×ミケランジェロ展」ブロガー特別内覧会

28.jpg7月11日 at 三菱一号館美術館
by 岩瀬 慧(展覧会担当学芸員)、
「青い日記帳」主宰 Tak氏

三菱一号館美術館でこの日より開催が始まった「レオナルド×ミケランジェロ展」。
イタリアルネサンス期の巨匠、レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci 1452年 - 1519年)と、ミケランジェロ・ブオナローティ(Michelangelo di Lodovico Buonarroti Simoni 1475年 - 1564年)。この2人の芸術家を比較した展覧会になっています。

見どころは素描(ディゼーニョ=デッサン)。
2人のデッサンを「顔貌」「絵画と彫刻のパラゴーネ」「馬」「万物への関心」「書翰、詩歌」といったテーマ別に対比させた展覧会は、日本では初の試みとなります。

担当学芸員の岩瀬慧氏と美術ブログ「青い日記帳」のTak氏に、美術館館長も加わっての説明会となりました。

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展覧会の構成は以下の通りです。

   序章:レオナルドとミケランジェローそして素描の力
    1:顔貌表現
    2:絵画と彫刻:パラゴーネ
    3:人体表現
    4:馬と建築
    5:レダと白鳥
    6:手稿と手紙
   終章:肖像画

注:会場内の画像は主催者の許可を得て撮影したものです。

1:顔貌表現

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レオナルド・ダ・ヴィンチ『自画像』(ファクシミリ版)
1515-1517年頃 トリノ、王立図書館


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マルチェッロ・ヴェヌスティ(帰属)『ミケランジェロの肖像』
1535年以降 フィレンツェ、カーサ・ブオナローティ


15年ぶりに《レダと白鳥》の絵画制作に取り掛かることとなったミケランジェロは、かなり気合いが入っており、丁寧な素描を残しています。
かし、骨格が男性っぽいため、この絵のモデルとなったモデルは男性と判明。
女性らしく見せるためにまつげを長く書き込んでいるそうです。

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ミケランジェロ・ブオナローティ『《レダと白鳥》の頭部のための習作』
1530年頃 フィレンツェ、カーサ・ブオナローティ


レオナルドは左利きで、左上から右下へのハッチング(細かい線を引くこと)が多い反面、ミケランジェロは右利きで、クロスハッチング(斜線を交差させる描き方)をしています。この線は、素描だからこそ分かるものになっています。

2:絵画と彫刻:パラゴーネ

ルネサンス期、絵画と彫刻のどちらが優れているかを問うパラゴーネ(比較芸術論争)が起こります。
レオナルドは、絵画が二次元の平面に立体感や奥行きを作り出すため優勢だと主張しました。

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レオナルド・ダ・ヴィンチに基づく『聖アンナと聖母子』
1501-1520年頃 フィレンツェ、ウフィツィ美術館


ルーブル美術館所蔵の本人による同名の作品とかなりそっくりに描かれたもの。
背景が少し異なる程度です。

同じ赤ん坊を90度回転した角度から描いたデッサンが、2枚並んで展示されていました。
ダ・ヴィンチの作品を手本として学んだ弟子の作品です。
当時の画家は、弟子を抱えた工房で作品を制作しており、師匠が描いたデッサンを弟子が鍛錬のために模写することが、日常的に行われていました。

5:レダと白鳥

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(右)フランチェスコ・ブリーナ(帰属)『レダと白鳥(失われたミケランジェロ作品に基づく)』1575年頃 フィレンツェ、カーサ・ブオナローティ

(左)レオナルド・ダ・ヴィンチに基づく『レダと白鳥』1505-1510年頃 フィレンツェ、ウフィツィ美術館

「○○に基づく」と書かれているのは、○○のオリジナルを元にして、別の人物が描いた作品ということです。
どちらの作品も、既にオリジナルは存在しませんが、弟子が参考にしながら描いた作品が残されています。

『レダと白鳥』は白鳥と乙女がモチーフとなった美しい作品ですが、画像右側のミケランジェロ作品に基づいた方は、姫ががっしりした体型をしているため、多少違和感を感じます。
これは、男性モデルを使ったからだそう。
逆に、画像左側のレオナルド作品に基づいた方は、白鳥がかなり男性的に描かれています。
並べて鑑賞してみると、好対照の描かれ方となっている2作品でした。

6:手稿と手紙

レオナルド・ダ・ヴィンチは、なんでもできるマルチな天才だと思っていましたが、「無学の人間」と自らを語っていたと知って、驚きました。
彼は鏡文字などを駆使していながら、ギリシア語・古代ローマ語ができないことから、そう言って「無学」のコンプレックスを抱えていたそうです。
どんな天才にも、悩みはあるものですね。
『トリヴルツィオ手稿』の第30紙葉表「語彙の一覧、男性の横顔」は、びっしりと言葉が書き込まれたノートで、受験生の単語ノートを連想させるものでした。

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レオナルド・ダ・ヴィンチ『解剖手稿』(ファクシミリ版)第198紙葉表「子宮内部と胎児の研究」1511-1513年頃 [ウィンザー城王立図書館]

その横に、細かく正確な子宮内部の胎児図が描かれたノートが陳列されており、その詳細なデッサンに見入り、しばし前から動けませんでした。

終章:肖像画

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ミケランジェロ・ブオナローティ『十字架を持つキリスト(ジュスティニアーニのキリスト)』1514-1516年(未完作品、17世紀の彫刻家の手で完成)
バッサーノ・ロマーノ、サン・ヴィンチェンツォ修道院付属聖堂

今回の展覧会では、通常1階のスーベニアコーナーになっている部屋に、大理石でできた2500(キリスト像だけで2010)mmもの大きな銅像が、展示されていました。
この美術館では、スーベニアコーナーも展示室として使えるように作られているそうです。

このキリスト像は、近年になってミケランジェロ作品だだと認められたものです。
作成依頼を受けて大理石を彫り進めていくうちに、顔の左側に黒い傷が出てきたため、ミケランジェロが作成を放棄したもの。次に作られた第2バージョンは、教会に据えられており、これはその知られざる第1バージョンになります。

「全裸のキリストというのがとにかく珍しい」と館長。確かに、これまで見たことはありません。
通常は禁止事項の中に入るものですが、巨匠・ミケランジェロだから作成できた古代キリスト像。
キリストとアポロ像の合体として作られた古代彫刻となっています。

ミケランジェロが放棄したことで未完成だったこの像に、別の彫刻家が手を入れて、17世紀には完成形を取っていたとのこと。数奇な運命をたどり、今回遠い日本までやってきました。
こちらの像は撮影可。360度周って、全ての角度から彼の彫刻の力強さを確認できます。

このキリストは、「コントラボスト」という左足に重心を置き、右足を浮かせた状態をとっています。
どこか女性風でもあるこの立ち方は、銅像によく見られますが、私はボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』を連想しました。

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ボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」
1485年 フィレンツエ ウフィッツイ美術館
参考画像:今展覧会には出展されていません


23歳離れていたとはいえ、「宿命のライバル」と言われ、互いを強く意識していた二人。
静的で分析的な作品を残した科学者肌のレオナルドと、動的で生き生きとした作品を残したミケランジェロの作風は、似ているようでやはりそれぞれ異なっており、今回は両者を比較できるいい機会となっています。


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左は"最も美しい素描"といわれるレオナルド『少女の頭部/「岩窟の聖母」の天使のための習作』


「レオナルド×ミケランジェロ展」[公式サイト]
会期:2017年6月17日(土)〜9月24日(日)
休館日:月曜休館(祝日は開館)
会場:三菱一号館美術館(東京都千代田区丸の内2-6-2) 
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2017年07月03日

没後20年 司馬遼太郎展「21世紀“未来の街角”で」

そごう美術館 (2017.6.30)
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司馬遼太郎の回顧展。もう亡くなられてから20年たったんですね。
没後20年にあたる昨年から国内6カ所での巡回予定。北九州、大阪、高知、そして横浜が4会場目。
東日本地区では唯一の開催地になります。司馬さんファンは関西の方が多いんでしょうか。
タイトルに横浜開港158周年も含まれているということは、彼の作品で横浜の開港が語られることがあったからではないかと思います。

全3部構成。作品の刊行年順ではなく、作品の描かれた時代別にまとめられており、日本の歴史に沿って話が紹介されているため、ディープなファンでなくてもわかりやすく追って行けます。
作品ごとにまとめられ、自筆原稿のほか、登場人物の関係資料、関連する絵画などが展示されています。

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T「戦国動乱 16世紀の街角」
U「維新回天 19世紀の街角」
V「裸眼の思索 21世紀の街角」


入り口には傘を持って歩く司馬氏のシルエット、入ってすぐには、『竜馬がゆく』の新聞連載のコピーがびっしりと壁に貼られたコーナーがありました。

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会場内は、ご年配の男性がほとんど。数人で来ては、小声で話をしながら熱心に一つ一つの資料に見入っています。
女性の姿は数人しか見えず、みんな夫婦で来ている風で、女一人は私くらいでした。
歴史を扱っているだけに、男性に人気の高い作家なんですね。
そしてそごう美術館には、普段は部屋ごとに学芸員がいますが、今回は何故かガードマンがいました。
美術展ではないからでしょうか?

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T「戦国動乱 16世紀の街角」
歴史とともに描いた戦国時代の人々の鮮烈な生きざま。
作品ごとにコーナーにまとめられています。

『国盗り物語』(1965-1966年)
斎藤道三、織田信長、明智光秀の物語。
本能寺の変で敵と味方に分かれた信長と光秀は、どちらも斉藤道三の相弟子同士だったと知ります。
「天下布武(天下を武力で制するという意)」と書かれた織田信長の黒印状。
斎藤道三の遺言状を司馬氏が書き写した色紙がありました。
もうこのブースだけで(この展覧会、すごいんじゃない?)と驚いています。

『箱根の坂』(1984年)
北条早雲の「虎の印版」がありました。うーん、見るのも初めて。貴重です。
小説の場面に合わせた絵画も合わせて飾られています。
大きな金屏風は大阪城博物館所蔵物。ゴージャス!

『関ヶ原』(1966年)
歴史資料の「関ヶ原合戦配置図」が展示され、「関ヶ原合戦図屏風」のレプリカも飾られていました。

『功名が辻』(1965年)
NHK大河ドラマ化されたこの作品では、ドラマの撮影で使用された山内一豊の甲冑とその妻千代の打掛が飾られていました。
間近で見られたので、しげしげと観察。どちらも非常に細かいところまで行き届いた縫製でした。

ほかに『城塞』『播磨灘物語』など、多くの作品コーナーで自筆原稿を展示していますが、そのどれも、すごく直しています。
5色に色分けして、消したり加えたりの推敲の多さに驚き。
天下の名作家といえども、訂正に訂正を重ねた努力の末に、作品を仕上げていったことがわかりました。

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U「維新回天 19世紀の街角」
開港を迎えて近代国家へと大きな変貌を遂げる時代。

『竜馬がゆく』(1963-1966年)
坂本龍馬の書簡(複製)や薩長同盟の裏書きがありました。
歴史が動く音が聞こえてくる気がします。
新聞連載時に挿絵を担当した岩田寿太郎氏の原画もありました。 

『燃えよ剣』(1964年)の土方歳三の鉢金(複製)、
『新選組血風録』(1964年)の近藤勇の髑髏模様の稽古着(複製)もありました。
髑髏模様は、なかなかに迫力のあるスケルトンでした。

『胡蝶の夢』(1979年)
「胡蝶 夢」と書かれた自筆色紙があり、素敵な言葉なので、司馬氏が好んで色紙に書いた言葉かと思ったら、そういうタイトルの作品でした。

『坂の上の雲』(1969年-1972年)
こちらもNHK大河ドラマ化されたもので、秋山好古、秋山真之の兄弟や、正岡子規の撮影時の服装が展示されていました。

"横浜に触れた本"というコーナーには、『峠』(1968年)、『世に棲む日日』(1971年)、『花神』(1972年)など6、7冊の作品が並んでいました。
『花神』では、大村益次郎の細かな計算が記された数学ノート、『峠』では、河井継之助のガトリング砲(模型)が展示されています。

また、デビュー前に住んでいた大阪マンモスアパートの文机がありました。
正座をして収まる、小さな座机です。
ここで新聞記者時代に直木賞を受賞した『梟の城』を執筆したんだなあと思いながら眺めました。

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V「裸眼の思索 21世紀の街角」
エッセイの『街道をゆく』『この国のかたち』『風塵抄』、そして子どもに向けた「二十一世紀に生きる君たちへ」が紹介されています。
『街道をゆく』(1971年 - 1996年)は、絶筆するまで手掛けていた最長シリーズで、ライフワークと言ってもいいものでしょう。43巻出ており、海外版もあるとは知りませんでした。

「二十一世紀に生きる君たちへ」
シンプルな文章ですが、非常に意味深いものを感じます。
"君たちだけが持っている大きなものがある。未来というものである。
私の人生は、すでに持ち時間が少ない。
例えば、二十一世紀というものを見ることができないにちがいない"

彼の作品は本格的な歴史小説で、量が多くなかなか難しいというイメージがありますが、壁いっぱいに展示された「二十一世紀に生きる君たちへ」の全文には、次の世代への気持ちがつづられています。
あれだけたくさんの文章を紡いできた人ながら、削いで削いで削ぎ落した、非常にシンプルな文章のために、すとんと頭に入ります。これが最終的に彼が人々に残したかった言葉なんだろうと思いました。

最後のコーナーでは、司馬さんからの「二十一世紀とは、どんな世の中でしょう」という語りかけに、来館者たちがさまざまな答えを付箋に書いて、ペタペタと壁に貼っていました。

私は、司馬遼太郎記念館(大阪府東大阪市)からのノートブックに感想を書いて、あとにしました。

彼の緻密な作品構成から、その小説は完全な正史、正論のように思えますが、そうとは限りません。
作者が惚れ込んで描く主人公たちは、みんな青雲之志を掲げて活躍する凛とした格好よさがあります。
歴史に色付けをして主人公たちを生き生きとよみがえらせることで、歴史の面白さを人々に教えた彼は、今も変わらぬ偉大なエンターテイナーなのです。

この回顧展を観て読んでみたくなった彼の作品は
『梟の城』、そして「街道をゆく」の『横浜散歩』『十津川街道』。
もともと長宗我部元親の本が読みたくて『夏草の賦』 もチェックしていましたが、まずは有名なところから読み始めたいと思います。

7月9日㈰まで横浜・そごう美術館で展示。
その後は、愛媛県美術館、姫路文学館で展示予定です。

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2017年06月28日

歩行のメソッド 〜自分の美しさを知る〜

2017年6月17日(土)at 千駄ヶ谷社会教育館
by 矢田部 英正 [ 日本身体文化研究所 所長 ]、(c)シブヤ大学

最近、ウォーキングが見直されていますね。少し前までは、1日1万歩歩けばいいと言われていましたが、最近では、歩数よりも歩き方が見直されつつあります。
誰もが無意識のうちに歩いているため、とても簡単なものだと思われがちですが、間違った歩き方では、せっかく歩いてもあまり効果が出ないどころか、変に癖がついた歩き方だと、逆効果になる可能性も生じます。

今回は、初心にかえっての歩き方講座。さまざまな年代の人が参加しました。
まずは、みんなで何も考えずに歩いてみて、その様子を動画に取り合います。
それから、先生のレクチャー。

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日本に来た西洋人は「日本人は歩き方が変だ」という感想を持つそうです。
-確かに私の海外の友人も、来日時に驚いていました。
とりわけ若い女性が内またでポテポテと歩く様子が奇異に映るようです。
これは、足全体を使っていないから。
西洋人はかかとから地面につき、重心を乗せて前に踏み出します。
そのため、西洋人が日本で買った靴を履くと、まずかかとがダメになるそうです。

内または、かわいらしさを表すだけでなく、日本舞踊から来ている伝統的なもの。
日本は、生活スタイルは西洋式になりましたが、歩き方だけ、まだ日本式なので、外国人の目にはおかしく映るようです。

以前先生が調査したところ、女子大生の97%が外反母趾であり、健康な脚は3%のみだったそう。
問題は見た目だけではありません。正しい歩き方をしないと、脚の骨格が歪んでしまいます。
それには、自分で意識することが大切だということです。

とはいえ、今回は「美しい歩き方」は目指さないという先生。
あくまで「自分に合った歩き方」を探すのが目標なのです。
人の骨格はひとそれぞれ。自分にとって無理のない自然な歩き方をすれば、それが美的な印象につながっていくというわけです。

日本人は、着物を着た時のすり足の意識が残っているため、歩く時に膝が伸びておらず、歩幅が小さく、ちょこちょこ歩くそう。
ずるずると靴を引きずって歩くのは、日本人だけだそうです。 

着物を着た時には、膝を曲げてすり足になる歩き方でいいのですが、洋服を着ている場合には、やはり西洋式の立ち居振る舞いが合うものです。

和服を着た時には指先に、洋服姿の時にはかかとに体重をかけます。そしてまっすぐ立ち、目線を高く持つだけで、背筋は伸びます。
西洋の歩き方というと、ファッションショーのモデル歩きを連想しますが、あれは見せ方の表現で、腕はわざわざ振らなくてもいいのだそう。

適切な歩き方を知った上で、今度は実践です。
近くの人とペアを組んで、互いの手の指に触れ、骨をなぞってもらいます。
それから素足になり、指のどれかを押してもらます。
普段、素足で生活していないため、自分の足のどの指を押されているのか、なかなか当てられないことに驚きます。
そうやって、自分の手足の骨格に意識を向けます。
これまで自分の骨に注意を払うことなんてありませんでしたが、不思議なことに、これで見違えるほどに体幹バランスがよくなります。

すると、歩き方にも変化が。
骨格を意識したことで、足の裏全体を使って歩くようになりました。
ふたたび動画に撮ってもらうと、我ながら違いがはっきり分かります。
前よりもスッキリと歩けていました。
めいめいに歩き方の変化を実感して、参加者からは驚きの声が上がりました。

「かかとから歩きなさい」と言われて、その通りに歩こうとすると、頭で指令を出すことになるため、ぎこちない動きになるんだそう。
自然な動きは無意識から。考えずに身体が動くようになるには、練習が必要だそうです。

これが、自分の骨格に合わせた歩き方。
無駄な筋肉を使わないため、血の巡りが良くなって、肌がきれいになり、心が爽快になるそうです。いいことづくし!

参加者の皆さんは、はじめは静かに、おとなしそうに会場に入ってきましたが、受講後には生き生きと胸を張って、颯爽と帰って行きました。
意識ひとつで歩き方が変わり、歩き方ひとつでその人の持つ雰囲気も変わるんだなあと実感できた授業でした。

* こちらのレビューは、シブヤ大学公式サイトの
「歩行のメソッド 〜自分の美しさを知る〜」授業レポートにも
写真と一緒に掲載しています。

posted by リカ at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 【events】体験コース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月13日

出雲の古墳ナイト in 銀座HANDSEXPO

@ハンズエキスポ銀座
by まりこふん(古墳シンガー)、丹羽野裕(島根県教育庁文化財課課長)、テリー植田(イベントプロデューサー)
主催:島根県立古代文化センター・HANDS EXPO

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面識があるテリー植田さん、まりこふんさん、さらに裏方で古墳にコーフン協会の伊藤理事長が銀座でイベントを行うと聞いて、参加しました。
出雲の古墳に詳しい、島根県教育庁文化財課の丹羽野課長も登場してのトークショーです。

去年出雲旅行をして、神話の里の寺社仏閣巡りをしましたが、古墳には一つも訪れませんでした。
まあ普通はそうだと思いますが…いったいどんな古墳があるのでしょうか。

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会場で、島根の名産5品をいただきました。
・島根和牛ローストビーフ
・浜田のB級グルメ 赤てん
・和菓子「花けしき」
・和菓子「松韻」
・出雲生姜ジンジャーエール

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中でも「じんじゃエール」は、出雲の万九千神社の遷宮記念として作られたもの。
その神社の神主さんと友人で、去年訪れてこのエールをいただいています。
地元で採れたジンジャーの風味がきいています。

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まりこふんさんの歌で始まり、壇上の3人の軽快なトークが展開しました。
テリーさんはまりこふんという名前の名付け親。古墳への愛が強すぎて暴走しがちな2人のストッパー役となっています。

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『鷹の爪』の吉田くんも登場。すっかり自虐が板についています。

出雲の古墳についての説明。まりこふんさん著の古墳の本も読みましたが、本も、そしてPPTもかわいらしくわかりやすくまとめられています。
歴史的には縄文時代、弥生時代、そして古墳時代があって、飛鳥時代、奈良時代へと移ります。
古墳は1500年前の古墳時代と飛鳥時代の頃に、作られた墳墓です。

古墳にはいろいろな形があります。
出雲には、特に「前方後方墳」と「方墳」が多いのだそう。
緑の古墳クッションを使って、丁寧に教えてくれました。

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古墳といったら、各県に数個くらいしかないものかと思っていましたが、とんでもない!
なんと、全国に16万基あるそうです!!そんなに〜!?
コンビニよりも多いどころか、3倍の数になるそうです。
全ての古墳を探訪しようとしたら、ライフワークになりますね。
ちなみに島根県内に、古墳は5,000基以上あるそうです。

その中からいくつかの県内古墳を紹介してもらいました。
6世紀末の上塩冶築山古墳の石棺を模した手作りの石棺小箱が、会場で販売されていました。
出雲の古墳の消しゴムハンコや、山城方墳の死床のケースもありました。
どう使うものなのか気になります。
巨大石棺のある大念寺古墳はお墓自体が古墳になっており、八雲立つ風土記の丘資料館は、前方後円墳の形をしているのだそう。

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こちらは松江の太田古墳群の三号墳。宇宙船のような面白い形をしています。
まりこふんさんにとっての好きな古墳ベスト3は、この古墳に出会ったことで変わったのだそう。
中に入っての記念写真が幸せそうです。

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最後に再びまりこふんさんのライブで会はお開きに。ロックの日(6/9)に、墳キー(ファンキー)な歌声で「古墳にコーフン」を歌ってくれました。
熱いトークを聞いていると、太古の昔の古墳もなんだか生き生きとしたものに見えてきます。
知らないことが多い古墳が、この夜でぐっと身近なものになりました。
近場では、多摩川沿いに古墳が多く、いいお散歩コースになっています。
古墳を巡る旅は、古代文明探索のようでおもしろそう。
これからは私ももっと古墳にコーフンしながら、古墳ライフを深めてみようと思います。

2017年06月12日

フランス絵画の宝庫 ランス美術館展

at 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
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ポール・ゴーギャン「バラと彫像」1889年


パリの東130kmほどにある、フランス北東部シャンパーニュ地方の中心地ランス(Reims)は、歴代の王が戴冠式を挙げた、世界遺産のノートルダム大聖堂で知られている町です。
そのランス美術館コレクションの17世紀から20世紀までの作品とランスに縁の深いレオナール・フジタ(藤田嗣治)の作品コレクションの展覧会が開催中です。

     1.国王たちの時代
     2.近代の幕開けを告げる革命の中から
     3.モデルニテをめぐって
     4.フジタ、ランスの特別コレクション
     「平和の聖母礼拝堂」のための素描

1.国王たちの時代

ブルボン王朝が始まった16世紀から、太陽王ルイ14世治世の17世紀、ロココ調の18世紀と、フランスの芸術は飛躍的な発達を遂げました。

カラヴァッジオ風の陰影を描いた画家を「カラヴァッジェスキ」というそうです。
その代表とされるテオドール・ロンブーの「コンサート」(17世紀)。
3人の音楽家がクローズアップされていますが、真ん中の人物は、楽器をひっくり返しているため、コンサートとは呼べないような図柄になっています。

フランドル画家、ヤーコブ・ヨルダーンスの「サテュロス」(17世紀)
サテュロスはバッカスの従者。ヤギの特徴をもつ半獣半人の姿で描かれます。


2.近代の幕開けを告げる革命の中から

ダヴィッド「マラーの死」

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ジャック=ルイ・ダヴィッド(および工房)「マラーの死」(1793年7月13日以降)

(あれっ?)と思いました。この絵、ベルギー王立美術館で何度か観たことがあります。
構図も何もかもがそっくり。どういうわけでランス美術館に?
でも、大きさがどうも違う気がします。ベルギーで観たものは、もっと大型作品だったように思います。
ダヴィッドが、同じ構図、同じタイトルの作品を複数描いていたのかと思いましたが、よくわかりませんでした。
原画はベルギー王立美術館所蔵のものであり、Wikipediaには「ダヴィッドの弟子が手がけた複製画が何枚か現存しており、ディジョン、ランス、ヴェルサイユの美術館などで見ることができる」とあります。
本作はダヴィッド(および工房)作となっていることから、作画には弟子の手も入っていると見做すのがよいのでしょう。

暗殺という息の詰まる一瞬を、崇高に描き上げた一枚。新古典主義らしい作品です。
これは英雄の悲劇的な死という、マラーを礼賛した描き方になっているとのこと。
ミケランジェロの『ピエタ』としばしば比較されているとのことは、知りませんでした。

ちなみに制作年月日が「1793年7月13日」とされているのは、この日がマラー暗殺日だからです。

ドラクロワ「ポロニウスの亡骸を前にするハムレット」

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ウジェーヌ・ドラクロワ「ポロニウスの亡骸を前にするハムレット」(1854−56)


ドラクロワは19世紀ロマン主義を代表する画家。政治家タレーランの子という噂があったそうです。
新古典主義の巨匠アングルと比べられた彼の作品は、往々にしてオリエンタリズムに満ちたものとなっています。
これはシェイクスピアの『ハムレット』の作中シーンを描いたものです。

デュビュッフ「ルイ・ポメリー夫人」

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エドゥアール・デュビュッフ「ルイ・ポメリー夫人」(1875)


知らない画家ですが、大判の華やかな作品が目を引きました。
シャンパーニュ地方らしく、描かれているのはシャンパン会社、ポメリー社の社長息子の妻。
青いドレスの美しさとモデルの健やかな美しさが印象的でした。

3.モデルニテをめぐって

ポール・ゴーギャン「バラと彫像」 1889年

今回のポスターになった作品。(1枚目画像)
一見、よくある静物画のようですが、なにげないようで緻密に計算された絵なのだそう。
薔薇が光線の加減で青やピンクの影を帯びている様子が描かれており、安定の良さを感じました。

ピサロ「オペラ座通り、テアトル・フランセ広場」

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カミーユ・ピサロ「オペラ座通り、テアトル・フランセ広場」1898年


ピサロはパレ・ロワイヤル広場に面したホテル≪グラン・ドレル・デュ・ルーヴル≫の一室から眺めたパリの風景を連作的に描いた作品を10作近く残しており、これもその一枚となります。
通りの奥に見えるのがオペラ座。
馬車が行き交う、アール・ヌーヴォーや世紀末芸術で華やいだ、豊かな19世紀末パリの雰囲気が伝わってきます。

4.フジタ、ランスの特別コレクション

藤田嗣治は、フランス人となり洗礼を受けたのち、レオナール・フジタとして活躍し、自ら作成したランス礼拝堂に眠っています。
シャンパンのG.H.マム社は、フジタがデザインしたバラの絵を今でもふたのデザインに用いています。
この美術館は、シャンパーニュ地方のランスと縁が深かった彼の作品コレクションも有しており、今回特別コレクションとして30点弱の作品が展示されました。

「少女」(1957年)は、みずみずしいタッチで描かれていますが、彼が71歳の時の作品だと知り驚きました。
「猫」は、おそらく彼本人が作成しただろう木彫りの額に注目しました。

レオナール・フジタ「マドンナ」
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レオナール・フジタ「マドンナ」1963年


「乳白色の肌」と言われる、輝く独特の乳白色を用いたフジタですが、これは珍しくも、聖母マリアを黒人として描いています。取り囲む天使たちもみな黒人たち。
もともと中東の人なので、実際からは遠からずといったところでしょう。
このマリアは、映画「黒いオルフェ」の女優、マルベッサ・ドーンがモデルとなったそうです。
言われてみれば、確かに現代風の顔つきです。

あまり知識がないままに訪れた展覧会でしたが、行ってみるとかなりの傑作揃いで、見がいがありました。
この展覧会は、6月25日(日)まで開催中です。
「フランス絵画の宝庫 ランス美術館展」

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