2019年11月11日

人生を駆け抜けた画家の鮮烈さ~「ゴッホ展」

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■ 会について

後期印象派を代表する画家、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)。
彼が画家として活動したのは、27歳から37歳までのたった10年間でした。
その初期から晩年までの重要作が結集します。

「人生を変えたふたつの出会い」という会のサブタイトルは、ゴッホが画家として独自の画風を確立するまでに出会った「ハーグ派」と「印象派」の画家たちとの交流のこと。

これまで、ゴッホの展覧会といえば、故郷オランダが所蔵する作品が中心となっていましたが、本展は、駆け出しの画家だった頃の彼に影響を与えた「ハーグ派」と「印象派」の画家たちの作品を交えて、画家としてのゴッホがどのように生まれていったかを探っています。

開園時間に行った時にはすでに建物の外に長い行列ができており、並んで待ちました。
以前この美術館で開催された「怖い絵展」「フェルメール展」のことを思い出します。
やはりゴッホは人気の高い画家ですね。

■ 展覧会の構成

分かりやすく、2部構成です。

第1部 ハーグ派に導かれて
ハーグ派とは、オランダ・ハーグを拠点に活動した画家たち。
くすんだ色が特徴で『灰色派』とも呼ばれています。
ゴッホの親戚で最初の師匠だったハーグ派の主要画家アントン・マウフェを含む、ハーグ派の作品を18点紹介。

第2部 印象派に学ぶ
ゴッホが1886年にパリに出てから、印象派の影響を受けた作品の変化にフォーカスします。

■ 展示作品

約40点のゴッホ作品と、アントン・マウフェやポール・セザンヌ、クロード・モネなどハーグ派と印象派を代表する画家たちの作品約30点。
オランダ・ハーグ美術館館長を監修に、イスラエルやスイス、モナコ公国など、非常に珍しい所蔵先からの作品借用が実現しました。

■ ハーグ派とその影響

ゴッホは、モンティセリを主とするハーグ派の画家たちから、画材の使い方を学びました。
モデルを前にして、真っ暗な背景に横から光が当たる人物の頭部や、薄暗い室内で食事のテーブルを囲む人々の姿を実際に確認し、作品に反映させていました。

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フィンセント・ファン・ゴッホ《農婦の頭部》1885年4月
スコットランド・ナショナル・ギャラリー

この女性をモデルにした作品を40枚ほど書き上げたというゴッホ。
女性にとってはよっぽど大変だったようで、その後この村では、誰もモデルになってくれなくなったそうです。

モンティセリの作品では《猫と婦人(猫の食事)》というかわいい一枚が気に入りました。

■ 印象派とその影響

ハーグ派に影響を受けていた頃の作品にはオランダ絵画特有の暗さがありましたが、パリに出たゴッホは印象派の画家たちと交流し、彼らの描く色彩の輝きに刺激を受けるようになりました。
ゴッホの作品には、原色に近い明るい色彩が用いられるようになり、絵の具も厚く塗り重なるようになっていきます。

ゴッホ「ああ、モネが風景を描くように人物を描かねば。」(弟テオヘの手紙)

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フィンセント・ファン・ゴッホ《パイプと麦藁帽子の自画像》
1887年 ファン・ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)

敬愛するモンティセリ風とのことですが、モンティセリは特に麦わら帽子をかぶっていたということはないそうです(?)

■ 《糸杉》と《麦畑》

会のポスターにもなっているメイン作品。

ゴッホ「僕の野心はほんの大地の端くれだ。芽吹く麦だ。オリーヴの園に糸杉だ。
例えば最後のやつなんかはそうやすやすと描けない」

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フィンセント・ファン・ゴッホ《糸杉》
1889年6月 メトロポリタン美術館蔵

とうとう彼個人の表現法を見出したゴッホ。
全てがうねり波立つように見える圧倒的な存在感。
鮮やかな色彩は、生命が飛び散り、鼓動するようです。
どこか心をざわつかせ、強い印象を残す作品。
間近に寄ると、ゴッホ特有の油性塗料の盛り上がりや激しい筆あとが見られます。

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フィンセント・ファン・ゴッホ《麦畑》
1888年 P. & N. デ・ブール財団

ハーグ派に影響を受けていた頃とは、作風ががらりと変わりました。
印象派の明るい色にならった一枚。
風が吹くたびにキラキラと輝く、プロヴァンス地方の黄金色の麦畑が描かれています。 

■ 観終えて

今回は、ハーグ美術館の所蔵品がメイン。
日本で紹介される機会があまり無いため、ほとんど知らなかったハーグ派の作品がまとまって観られたのは、いい刺激になりました。
また、ピサロやセザンヌ、モネやルノワールといった印象派巨匠の、これまで見たことがなかった作品を観られたのは、思わぬ収穫でした。

まだ画家としての駆け出しの頃から、いろいろな刺激を受け、それを自分に取り込んでいったゴッホ。
強烈で独特な画風を確立したゴッホですが、鮮やかな色彩と豊かな表現力を手にするまでに、繊細な印象派の絵画にも影響を受けていたのですね。
試行錯誤の果てに手にした、彼オリジナルの表現法で仕上げた作品は、鮮烈に輝いて見えます。

自分のスタイルを確立し、ゴッホならではの作品をどんどん描き進めていくかのように思えたその矢先に、精神を病んでその生涯を閉じてしまったのはとても残念ですが、今回は、画家としての人生最後の10年間を、迷い模索し、吸収しながら進んでいった彼の変遷が分かる展覧会になっています。

■ 会期

10月11日 (金) ~ 2020年1月13日 (月・祝)
「ゴッホ展」
 *「ゴーゴーゴッホ」というアドレス名がいいですね。
上野の森美術館

そののち、兵庫県立美術館でも開催されます。
兵庫県立美術館(会期:2020年1月25日~3月29日)

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ミュージアムショップには、麦わら帽子姿のスヌーピーなどのコラボグッズが盛りだくさん。
パイプと麦藁帽子のゴッホ風に、写真撮影を撮ることもできます。

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posted by リカ at 20:10| Comment(0) | 【finearts】西洋画 | 更新情報をチェックする

2019年11月07日

芸術の秋、深まれり。「ハプスブルク展−600年にわたる帝国コレクションの歴史」

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■ 会について

神聖ローマ帝国の皇帝位を代々世襲し、「日の沈むことのない帝国」を統治した、ヨーロッパ随一の名門、ハプスブルク家。
数世紀にわたって広大な領土と多様な民族を支配し、富とネットワークを背景に、質・量ともに世界屈指の芸術コレクションを築き上げました。
その収集品の主要部分は、最後の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が建てたウィーン美術史美術館に引き継がれています。

■ 展覧会の構成

会場ごとに年代別になっており、5章7セクションの構成。

第1章「ハプスブルク家のコレクションの始まり」
    15世紀後半から16世紀に神聖ローマ皇帝となったマクシミリアン1世と、
    オーストリア大公フェルディナント2世ゆかりの絵画や武具。
    肖像画や工芸品、まばゆい甲冑コレクション4体。

第2章「ルドルフ2世とプラハの宮廷」
    ヨーロッパ史上稀代のコレクターとして名高いルドルフ2世。
    彼が獲得に情熱を注いだデューラーやジャンボローニャの彫刻に基づく作品など。

第3章「コレクションの黄金時代:17世紀における偉大な収集」
    1)スペイン・ハプスブルク家とレオポルト1世
    2)フェルディナント・カールとティロルのコレクション
    3)レオポルト・ヴィルヘルム:芸術を愛したネーデルラント総督
    ベラスケスを宮廷画家として招いたスペイン・ハプスブルク家、
    フィレンツェ派作品の収集に努めたオーストリア大公のフェルディナント・カールとティロル、
    そして今日の美術史美術館絵画館の礎を築いた、ネーデルラント総督
    レオポルト・ヴィルヘルムのコレクション。
    ベラスケス、ヤン・ブリューゲル(父)、ティツィアーノ、ルーベンス、
    レンブラントなど、ヨーロッパ各地の巨匠たちの作品。

第4章「18世紀におけるハプスブルク家と帝室ギャラリー」
    広大な領土を統治した女帝マリア・テレジアや、
    その末娘でフランス王妃となったマリー・アントワネット、
    神聖ローマ帝国最後の皇帝で、オーストリア帝国初代皇帝でもあるフランツ
    など、歴史上名高いハプスブルク家の人々の肖像画。

第5章「フランツ・ヨーゼフ1世の長き治世とオーストリア=ハンガリー二重帝国の終焉」

    ハプスブルク家有終の美を飾ったフランツ・ヨーゼフ1世ゆかりの品々。

■ 展示作品

ウィーン美術史美術館の協力のもと、絵画を中心に版画、工芸品、タペストリー、武具といった約100点を展示。
主要な王族にスポットをあてながら、多彩なコレクションを紹介しています。
その中から、数点をご紹介します。

■ 2人の画家による王女マルガリータ

スペイン絵画の黄金時代を代表する画家、ディエゴ・ベラスケス。
スペイン国王フェリペ4世付きの宮廷画家として、王族の肖像画などを描きました。
王女マルガリータ・テレサは、 フェリペ4世の2番目の妻の娘。
王は、マルガリータ王女が3歳、5歳、8歳の時の全身像を、ベラスケスに描かせました。
8歳の時のこの作品は、ベラスケス最晩年の傑作と評されています。

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ディエゴ・ベラスケス
《青いドレスの王女マルガリータ・テレサ》
1659年 ウィーン美術史美術館

また、この絵の隣には、ファン・バウティスタ・マルティネス・デル・マーソによる緑のドレスの王女マルガリータ・テレサが展示されています。(長い名前…)

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ファン・バウティスタ・マルティネス・デル・マーソ
《緑のドレスの王女マルガリータ・テレサ》
1659年 ブダペスト国立西洋美術館

2人の画家が描いた王女の肖像画を比べられるなんて、贅沢な体験。
それぞれ所蔵感は異なるため、なかなかこうした機会はありません。
2枚ともかなり似ていますが、青いドレスの布の質感の方が精緻に表現されています。
2人の画家を比較した場合、マーソがベラスケスの画風に寄っているといえるでしょう。

ファン・バウティスタ・マルティネス・デル・マーソはベラスケスの弟子で娘婿でした。
ベラスケスの死後、マーソも主席宮廷画家になったそうです。
彼の作品はベラスケスの作と間違われるほど質の高いもので、実際この作品も、近年まで、ベラスケス作だとされてきました。

王女をほぼ同時期に違う画家に描かせるとは、フェリペ4世はどうしたわけでしょう。
描き比べをさせたかったのでしょうか?

・・・その後、「マーソはベラスケスの絵を見ながら、模写のように描いたのではないか」とも思うようになりました。
でも、絵が仕上がったら、すぐにお待ちかねの王様に渡すような気もするし・・・。
うーん、どうなんでしょうね?

この肖像画を保有していたのは、フェリペ4世でもマルガリータ王女でもありません。
写真がなかった時代、嫁ぎ先に決まっていたハプスブルク家に、お見合い写真代わりに届けられました。
彼女は15歳でレオポルト1世の元に嫁ぎ、21歳でこの世を去るまでに、6人の子の母となりました。

少女時の肖像画が残されているため、次に紹介する王妃マリー・アントワネットよりも年下のようなイメージをつい持ってしまいますが、実際にはマルガリータが生きたのは、1600年代。
マリー・アントワネットより100年近く前の時代を生きた人です。

もっと言うと、マルガリータの夫のレオポルト1世の次の次の統治者が、マリアテレジア。
その娘になるので、あえてわかりやすく言うと、マルガリータはマリーのひいおばあちゃんのような立ち位置です。
そう考えると、肖像画の与えるイメージって大きいですね。

■ 王妃マリー・アントワネット 

大きな会場の中でもとりわけ人目を引く、美しい大作。
マリー・ルイーズは、マリー・アントワネット お気に入りの女流宮廷画家でした。
右上の胸像は、彼女の夫ルイ16世です。

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マリー・ルイーズ・エリザベト・ヴィジェ=ルブラン
《フランス王妃マリー・アントワネットの肖像》
1778年 ウィーン美術史美術館

先ほどの王女マルガリータの肖像画も、(8歳にしてすごく大きなパニエをつけているんだなあ)と驚きましたが、フランス王妃ともなるとさらに大きなパニエ。
ヴェルサイユ宮殿の扉は、このドレスが通れるほど大きかったんですね。
マリー・アントワネットは、当時のファッションリーダーだったので、彼女のこのドレスは流行の最先端だったのでしょう。

高貴で健康的な王妃とドレスの美しさが際立ちます。
当時も、そして現在でも、その美しさで人を引き付ける王妃。
この作品は女性に大人気で、大勢の女性たちが絵の前に立ち尽くして、しばらく動きませんでした。

■ 帝国の消滅

1916年にフランツ・ヨーゼフが没し、その2年後の1918年に第一次世界大戦が終結。
ハプスブルク家は神聖ローマ帝国の消滅後もオーストリア皇帝、ハンガリー王としてオーストリア=ハンガリー帝国を統治していましたが、帝国の消滅とともに、その長きにわたる支配は終わりました。
今回は、そうした歴史と共に芸術を鑑賞できるようになっています。

■ 観終えて

たくさんの価値ある芸術品がずらり展示されており、頭がいっぱいになりました。
長い期間、映画を誇り、帝国を統治してきた名門だけに、そのコレクションは質・量ともに群を抜いたものになっています。
複雑な家系図も掲示されており、歴史好きにも楽しめます。
今回特記しませんでしたが、地下には銀色に輝く甲冑4体も展示されており、その細かな芸術性にも目を奪われました。
芸術の秋に鑑賞するのにぴったりの展覧会。
とても観がいがあり、心行くまでアートと歴史に浸れます。

■ 会期

「ハプスブルク展−600年にわたる帝国コレクションの歴史」
国立西洋美術館
2019年10月19日(土)~2020年1月26日(日)
* この展覧会は巡回せず、国立西洋美術館のみでの開催となります。
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posted by リカ at 17:17| Comment(0) | 【finearts】西洋画 | 更新情報をチェックする