2016年07月30日

第22回 『秘蔵の名品 アートコレクション展』旅への憧れ、愛しの風景-マルケ、魁夷、広重の見た世界-

2016年7月29日(金)
会場:ホテルオークラ東京 宴会場「アスコットホール」
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本展覧会の監修者の熊澤弘氏に見どころを紹介していただきながら拝観したブロガーナイト。
* 撮影は主催者の許可を得ています。

今回のテーマは「旅」。中でも東山魁夷、アルベール・マルケ、歌川広重という旅を愛した3名の画家に注目したものとなっています。
まず出迎えてくれたのが、「歩み入る者に安らぎを 去り行く人にしあはせを」と書かれた色紙。
これはローテンブルクのシュピタール門に刻まれたもので、東山魁夷のエッセイで紹介されていたこの言葉を、彼と交流が深く、またホテルオークラを定宿にしていた川端康成が「このホテルの精神そのものだ」としたためて贈ったものだそうです。
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芸大卒の赤松麟作『夜汽車』(1901)がありました。
熊澤先生曰く「ドーミエの『三等列車』を彷彿とさせる」作品。
黒田清輝の弟子筋で、黒田率いる白馬会にも参加していたそうです。
夜汽車に乗る人々が描かれており、床に落ちた果物の皮などで床を強調する手法は18世紀のオランダ絵画の影響を受けているとのことでした。

せまりくるように重厚で大きな油絵作品『夜汽車』に圧倒されましたが、そのそばに、山下清が宮島の風景を描いた小さなペン画の作品が3点飾られており、そのやさしいタッチにほのぼのしました。

東山魁夷作品は11点。
『スオミ』(1963)は、スウェーデン語で「湖」という意味で、北欧の深い自然が丁寧に描かれた作品です。
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『スオミ』等、ヨーロッパの景色を題材にした彼の洋画3点が飾られたその反対側には、墨の濃淡で描かれた六曲一双の墨絵『山峡朝霧』(1983)が掲げられていました。
どちらを向いてもすがすがしい空気が漂っている世界。それでも描かれた風景題材はまったく違うもので、そのコントラストが印象的でした。

東山作品と同じコーナーにあり、同じように存在感を放っていたのが、横山大観の連作『海山十題』(1940)からの4作。
この連作は今回の展示作品の中で最高評価額となるそうです。
もともとは、戦時中にこの絵画で得た資金で戦闘機「大観号」を作り、陸海軍に献納したもの。
一枚ずつバラバラに売りに出されたため、10枚連作のうち4作がまとまって展示されるのは奇跡に近いそうです。
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牧野義男の『テームス河畔』(制作年不詳)珍しい。20年以上展示されていなかったという作品。
英国滞在中に生み出した「シルクベール」という技法で幻想的な淡いパステル調の作品を描いています。
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日本画では上村松園の『菊の香』(1945頃・画像左)と伊藤深水の『鏡獅子』(1962・画像右)の優美な二作が並んで飾られており、花が咲いたように華やいでいました。
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アルベール・マルケは20世紀フランスの画家。1991年に茨城県立美術館で行われた回顧展以来の展覧会。
1907年にルオー、マティスとフォービスムの初期運動に参加したものの、しだいに穏やかな作風へと変わっていきました。
淡いタッチで描かれた風景は、凪いだように静かで落ち着いたイメージ。
ギュスターブ・モローに学んだそうですが、師のような神秘主義的方向には行かなかったようです。
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来日したことがあるという彼。その時に大原孫三郎が本人から直接購入した作品は、大原美術館に保管されているとのことです。
戦後の1947年に彼が他界してから、妻が作品をどんどん売ったため、その頃に日本にきた作品も多いとのことでした。
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マルケの展示コレクションの中で、松澤先生が一番お気に入りというのがサントリー社所蔵の『ポン・ヌフ夜景』(1938・画像右)。
ポン・ヌフの作品はその他2点あり、3点が並んで展示されていました。(画像左は『ポン・ヌフとサマリテーヌ』)
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私は『ツーロンの港』(制作年不詳・画像右)と『ロルボワーズ』(制作年不詳・画像左)にしばし見入りました。
場所が全く違いますが、タッチと色彩が似ているため、どこか似た2作となっています。
制作年は不詳ですが、どちらも同じ時期に描かれたものではないかと想像されます。
前者は松岡美術館、後者は吉野石膏振興財団所蔵。
違う美術館の所蔵品が並び、同時に楽しめるのは、特別展ならではです。
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ちょうど今、パリ近代美術館でもマルケ展が開催されているとのこと。マルケファンが増えそうです。
同じコーナー内に、デュフィの作品が一枚ありました。初めて見る『ヴェルサイユ城風景』(1930-35)だったので嬉しかったです。

そして一つの部屋をまるまる使って、歌川広重の『保永堂版 東海道五十三次』続絵55枚(1833-34)。
十返舎一九の『東海道中膝栗毛』がヒットし、旅への関心が高まった時だったそうです。
詳細に描かれているので、てっきり本人も芭蕉のように歩きながらスケッチをしていったものと思いましたが、全てを歩いたわけではなかったようです。
いまでこそ、東海道の絵といったら彼の作品が思い出されますが、当時は参考となるさまざまな絵があったそうです。

いつもふかふかのカーペットの上を歩き、贅沢な気分で鑑賞できるホテルオークラの夏の展覧会。
今回は、東海道五十三次の展示もあることから、例年以上の127作品が展示された、見がいのあるものとなっています。

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『第22回 秘蔵の名品 アートコレクション展』
 2016年7月27日〜8月18日
 http://www.hotelokura.co.jp/tokyo/events/art/

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2016年07月21日

「地域を盛り上げる、デザイン的思考とイノベーション 」

03211309_56ef74006150e.jpg7月20日(水)at PLUS+(ACC-612) by 岩佐 十良(いわさ とおる):「自遊人」編集長

講師はライフスタイル雑誌「自遊人」の編集長。
以前は「東京ウォーカー」や「東京一週間」の編集・記事に携わっていたそうです。
都心のイベントから地方の情報の紹介にシフトしていった方なんですね。

現在では事業の本拠地を、東京から新潟県の南魚沼に移し、食のプロデュースも行っているそう。
150年前の古い旅館をリノベーションした「里山十帖」は、宿として初めて「グッドデザイン賞ベスト100」を受賞しました。
「十帖」とは十畳の部屋という意味かとよく質問されるそうですが、そうではなく、10のストーリーを持つということだそうです。

今回は、マーケティング的な面から語ってもらいました。
彼が目下大きな力だと感じているのは「共感メディア」。
以前は、いろいろな情報を落下傘のように次々と落としていけば「数撃ちゃ当たる」方式で人々に届いたといいます。
最大公約数を狙ったため、同じようなものばかりが流行ったのだそうです。

現在では、そうしたマスコミ主導方式では人に届かなくなり、人は、口コミの方をより信頼するようになったとのこと。
その「共感マーケティング」の流れに乗ってターゲットを絞り込むと、大ブームは起こさなくても、口コミによって強烈なファンやリピーターを獲得できると言います。

ミッションに共感してもらうには、「何をすべきか」を原点に置くことが大切。
共感の統合が編集ということになります。
確かに、かつてバブルの頃には、誰もが流行りの紺ブレを着ていましたが、今では同じ服を着ている人はそうそう見なくなりました。

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アーティストは、自分の作りたいものをどんどん生み出していけばよいですが、デザイナーは、仕事を社会とコミットさせる、夢と源氏図を結びつけることも大切な仕事。
価値観の変化があった今は、「本物のラグジュアリー」とは高価な物品よりも自分にとっての「発見と感動」を意味するものになったため、それを提供する場として里山十帖を運営しているとのことです。

部屋数は全部で12室しかないそうですが、それに4億円もの初期投資をしたとのこと。
居心地の良い家具などにこだわり、宿の調度品などをその場で購入できるようにしたところ、家具だけで3千万円の売上げがあるそうです。ニーズがあるんですね。
その場ではなく、後日店舗で買う人もいることを考えると、かなり購買を促進させていることがうかがえます。

宿の運営のほかにも、地元の食材にこだわった店を「AG304」に選定し、広く紹介しています。
Aは永久(もしくはA級)、Gはグルメ、304とは廃藩置県前の藩数だとのことです。
インスタグラムの影響力による、スマホ上でのSNS戦略を広げているそう。

そんな彼は「情熱大陸」でも採り上げられました。
時代が求めているものや変化の流れを読み、それに合う形で情報を提供し続ける姿勢があるからこそ、都心を離れて地方に拠点を移しても、変わらず活躍を続けていられるのだろうと感じました。

2016年07月10日

ストレスの効能〜心理学的見地からみる自分の育て方・人の育て方〜

7月06日(水)at PLUS+(ACC-611) by 仲田有佑(心理療法家)

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今回の先生は心理療法家の仲田有佑氏さん。
20数年人の心に携わってきた先生。この日はちょうどバースデイだったそうです。

30年ほど前は「心の病」といったらノイローゼかキチガイしかなく、その後、うつがでてきました。
今ではノイローゼよりもうつの症状の方がはるかに耳にする機会の多い、身近なものとなっています。

心の病の一つとされるADHD(注意欠如多動性障害)。
学校にいる多動症の生徒は、昔はクラスに一人程度でしたが、今は5、6人もいるんだとか。
先生一人ではとても対応しきれない状態で、ボランティアの父兄が教室の後ろで授業を見守り、多動症の生徒を抑えるそうです。

生きていく上での壁を自分の力で乗り越えていくことは心の成長となりますが、自力で対応できないことは心の病の原因となります。
心の病とは、自分の中の子どもが暴れ叫んで聞き分けがきかない状態。
それをおさえつけようとすると、悪化してしまう一方です。
それを育てようとするのが、心理療法だそうです。

日本人は劣等感がすごく強い民族。それは非を認めたくないという気持ちにつながり、相手の劣る点を探すようになるのだとか。
劣等感を抱えたプライドの高い国民性で、日本人の80%が「自分が嫌い」と答えるそうですが、自分を好きになると心の病は消えるそうです。
自分への興味を失わなければ心は折れないのだそう。
たしかに、おめでたいほどのナルシストの人は、見るからに幸せそうで心の病には無縁のようです。

現代はストレス社会と言われ、心の病気の原因はストレス(ひずみ)だとされて嫌がられますが、ストレスは悪い点ばかりではないのだとか。
ストレスは快のものと不快のものと二種類に分かれ、ストレスにチャレンジすることで心が強くなっていく、生きていく上で必要なものだそうです。
嫌いすぎずに上手な付き合い方を知ることが大事なのだとか。

ストレスの感じ方は人それぞれで、若い方が経験値が低い分耐久力が低いものです。
たとえば、子供の頃にエアコンなしで育った世代は、今でもエアコンがない状態にそれなりに対応できるものの、生まれた時からエアコンがあり、学校もエアコン完備だった世代は、エアコンがない状態には耐えられません。
それを批判せずに理解してあげないと、ストレスが発生し、心の病に発展するのだそう。
ですから年上が年下に合わせることが必要だとのことです。

自分自身が義務感を感じるものはストレスになりやすいもので、初心にかえってそれを始めた時のワクワクを思い出すことは重要だとか。
ストレスをコントロールするための方法として、やけ食いはその場しのぎではあるものの、必要な対処法だそうです。
ストレス発散のため、我慢せずにやけ食いをするのが良いようです。

心の病を抱えているのは、抜け道がない閉塞状態のように思えていましたが、先生のお話を聞いていると、向き合い方次第では克服可能なもののように思えてきました。
ストレスとはうまくつきあっていきたいものです。

2016年07月05日

「メアリー・カサット展」夜間特別鑑賞会

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優しい愛に包まれた母と子の絵が特徴的な印象派のアメリカ人画家、メアリー・カサット(1844-1926)の作品展。
日本国内には所蔵が少なく、今回は実に35年ぶりの大回顧展になります。
カサットの人生の紹介とともに、初期から晩年にいたるまでの計100点の作品が展示されて要る今回の展覧会。
このたび、夜間観賞会に参加し、学芸員の方のギャラリートークを聴きながら作品を鑑賞できました。

* 写真は主催者の許可を得て撮影したものです。

〇 カサットの生き方
アメリカ人の裕福な家庭に育った彼女。父親が画家になることを反対したため、自分で旅費を稼いでフランスへ。留学目的でしたが、パリのエコール・デ・ボザール(国立美術学校)では当時女性を受け入れていなかったため、ルーブル美術館で模写をして技術を磨き、19世紀後半のパリの画壇にデビュー。
自分の夢に向かって歩み続ける、行動的な女性です。

母と子の愛情あふれる作品を多々残していながら、自身は生涯独身を貫いた彼女。
そのためか、男女を描いた作品はほとんどありません。
この展覧会でも、ゴヤにインスピレーションを受けたと言われる作品《バルコニーにて》1873年くらいです。
男性の肖像画もほぼなく、彼女のよき理解者だった兄の絵くらい。

フランスで学んだ印象派をアメリカに広めた貢献を称えられ、フランス政府からレジオン・ド・ヌール賞を受賞。
自分の力で努力して成功を勝ち取った、新しい時代の女性の姿がありました。

〇 女性画家の視点
生命感にあふれる彼女の人物画は、身近な人の肖像画が多く、とても親密な印象。
人物中心で、風景はあくまで人物の背景の役割でしかありません。

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左:《庭の子どもたち(乳母)》1878年 ヒューストン美術館蔵
右:《浜辺で遊ぶ子どもたち》1884年 ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵

砂浜で夢中で遊ぶ子供たちが描かれていますが、海はあくまで脇役扱い。絵の中心は子供たちです。
この子供たちには、画家と数年前に亡くなった姉を重ね合わせて描いているのではないかと言われています。

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左:《扇を持つ婦人(アン・シャーロット・ガイヤール)》1880年 個人蔵
右:《桟敷席にて》1878年 ボストン美術館蔵


会場はコメディ・フランセーズでしょうか。黒い昼用ドレスでマチネを観に来た、オシャレな女性。
男性から見られていても、全く意に介していません。
見られる対象から見る対象へと変わる、近代女性の誕生を示唆したチャレンジングな作品で、カサットの宣言ともとれるとのことです。

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左:《ロバート・S・カサット夫人、画家の母》1889年 デ・ヤング・サンフランシスコ美術館蔵
中:《タペストリー・ファームに向かうリディア》1881年 フリント・インスティチュート・オブ・アーツ蔵
右:《眠たい子どもを沐浴させる母親》1880年 ロサンゼルス郡立美術館蔵

母、兄、姉の肖像画はそれぞれ別の美術館に所蔵されているため、ここで一家が勢ぞろいして画家も嬉しかろうというキュレーター。
右は、ルーベンスの母子像を彷彿とさせる構図でした。

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左:《果実をとろうとする子供》1893年 ヴァージニア美術館蔵
右:メアリー・フェアチャイルド・マクモニーズ《そよ風》1895年 テラ・アメリカ美術基金蔵


シカゴ万博博覧会の壁画を手がけた二人。それ以降は新しい女性像が描かれるようになっていきます。
昔のエデンで知恵の実をアダムから分けてもらうイブとは違い、自ら果実をもぐこれからの女性像が描かれています。
量感があり、肉付きがいい健康そうな母子。地に根付いたようなどっしりした安定感があります。
それとは対照的に、マクモニーズの作品は軽やか。
ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ風に描かれています。

〇 ドガとカサット
ドガの作品を観て感銘を受けたカサット。
ドガも彼女の才能を見抜き、1877年に彼女のアトリエを訪れて、印象派の仲間に入るように勧めました。
すでにサロン(官展)で評価されつつありましたが、息苦しさを感じていた彼女は、サロンと決別をして当時ほとんど知られていなかった印象派に転向。
自由な表現の解放を目指したそうです。

ドガは女嫌いで有名でしたが、カサットは例外だったとのこと。
知的で活動的な女性として彼女をとらえており、お互い感銘し合う間柄だったそうです。

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左:エドガー・ドガ《踊りの稽古場にて》1884年頃 ポーラ美術館蔵
右:エドガー・ドガ《踊りの稽古場にて》1895-98年 ブリヂストン美術館蔵


〇 同時代の女性画家たち
当時は女性の職業画家が少なかった時代。
彼女同様に社会に進出していた他の女性画家との交流もあり、仲が良かったそうです。
近代女性のパイオニアともいえる彼女たちは、認められるまでにたいへんな苦労と努力をしたでしょうが、展示された他の画家の作品も、そうした苦労を見せない、優しさに満ちたものばかりでした。

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左:マリー・ブラックモン《お茶の時間》1880年 プティ・パレ美術館蔵
中央:ベルト・モリゾ《バラ色の服の少女》1888年 東京富士美術館蔵
右:エヴァ・ゴンザレス《画家の妹ジャンヌ・ゴンザレスの肖像》1869-70年頃 個人蔵


〇 カサットが愛した日本美術
日本の浮世絵に引かれ、技法を取り入れた彼女。
歌麿などの浮世絵が展示されていました。
浮世絵の親密さと、ルネサンス期の聖母子像の普遍さが、カサットの母子像に現れていると言われています。

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左:《沐浴する女性》1890-91年 ブリンマー・カレッジ蔵
右:《母のキス》1890-91年 アメリカ議会図書館蔵

多色刷り銅版画の連作には、浮世絵の影響が見られます。
特に左の絵の女性を描くなめらかな線は明らかに浮世絵のラインを連想させるものでした。

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左:《夏の日》1894年 テラ・アメリカ美術基金蔵
右:《ボートに乗る母と子》1908年 アディソン美術館蔵


晩年は白内障を患った彼女。そのためにパステル画が増えました。
この展覧会では、自分の境遇に悲嘆せず、1926年に86歳で亡くなるまで、常に前に進み続けて好きな絵を描き続けていた彼女の生き方が紹介されています。
その強さが、彼女の作品に安定感を与えて、観る人を幸せで温かい気持ちにさせているのだろうと感じました。

【開催概要】
「メアリー・カサット展」
会場:横浜美術館(みなとみらい)
開催期間:2016年6月25日(土)−2016年9月11日(日)
開館時間:10:00−18:00  休館日:木曜日
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2016年07月04日

国吉康雄展 Little Girl Run for Your Life

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「国吉康雄展」そごう美術館


今回初めて知った画家。岡山出身で1906年に16歳でアメリカに渡った彼は、はじめは特に目的はなかったものの、苦労をして日銭を得ながら画学生となって絵を学び始めて職業にしたという、日本よりもアメリカでの美術の影響を受けた洋画家です。

全体的に暗い色合いの不気味な感じのする作品群。
子供には無邪気さや快活さはなく、大人びた表情をして、見ている側が不安になります。詳しくありませんが、これがアメリカモダニズムや幻想的表現主義なのでしょうか。

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明るい軽やかな色調の作品を描くマティスと友人と知って意外な気がしました。
『ピクニック』は、セザンヌっぽい色合いだと思いましたが、同行の母はルノワールに似ているとの感想。
印象派のルノワールの作風とセザンヌの色調、どちらの影響も受けています。

カメラ撮影も行っていた彼の展示物には、時折写真作品も混ざっており、注意深く見ないとどちらかよくわからない小品もあります。

アメリカの国籍はないものの、北米を代表する画家十数名の中に入るほどになり、アメリカでの地位を確固たるものにした彼。
第二次世界大戦中には敵国外国人という扱いを受けたものの、「アメリカ人画家」としてのアイデンティティを持っていた彼はアメリカで日本を批判する立場をとりつづけます。
戦時情報局(OWI)から対日プロパガンダの仕事を受けて作成した「日本側の残忍な拷問や虐殺」のシーンが描かれた反日ポスターのシリーズも展示されていました。
10点ほど並んでおり、これを描いたのが同じ日本人というのは、やはりショック。
恐ろしい顔をした鎧武者をモチーフにしたものや「SINK HIM」と描かれたものなど。
アメリカで生きていくことを選択したこその結果でしょう。

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西瓜(スイカ)の絵があり、普通に見ると単なるスイカですが、「アフリカ系の人を白人が指す言葉」だという解説がありました。
なにか人種問題の隠喩を伝えたかったのでしょうか。その点に関する解説はありませんでした。
戦争による反日感情をかき立てる役目を追っていながらも、あらゆる人種に当てはまるように見える描き方を心がけたということ。
彼の作品は、当時の時代の世相を強く受けていたのだと思えます。

望郷の念は起きなかったのか、反日ポスター以外で日本をモチーフにしたものは、このくらいしかありませんでした。

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日本の張子の虎とがらくた 1932年


入り口を入ってすぐに『少女よ、お前の命のために走れ』という作品(ちらし上部)がありました。
巨大なバッタとカマキリが描かれ、その間に小さく少女の後姿が見えるという不可解な構図で、そこに描かれた少女が「私はなぜ画家に走るように促されたのか?」という疑問を持ちながら彼の作品を案内していくという展示スタイルになっていました。

その答え探しをしながら画家の人生を追っていくという手法はいいのですが、最後まで行っても答えは特に出なかったため、多少もやっとしました。
「答えは未来にある」ということで、まだ先に委ねられている模様。
彼の日本での評価はまだこれからということかもしれません。
posted by リカ at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 【finearts】西洋画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする