2019年09月26日

3Dドーム映像作品『9次元からきた男』

日本科学未来館ドームシアター

ki_pc_miraikan_01_02.jpg

私は完全な文系人間で、科学は学校の授業レベルのものしかわかりません。
この世は3次元か4次元だと思っていましたが、9ですって?
9次元ってなんでしょう?

● 超ひも理論

まず、この宇宙がどのように誕生したのか、どんな姿をしているのかという疑問を解き明かす「超弦理論(超ひも理論)」。
これは万物の根源は「粒子」ではなく極小の「ひも」で出来ていると考える理論です。
1本の線のようだったり、輪ゴムのようだったりするひもが粒子になっているといいます。

このひも理論によれば、我々のいる宇宙は10次元で構成されているといいます。
ただ人間が直感的に理解できるのは空間の3次元と時間の1次元だけで、われわれの目に見えない6次元は、この小さな世界に折りたたまれています。
超弦理論では、空間が9次元。
ちなみに、超ひも理論の発端なる「ヒモ」モデルを初めて考案したのは、南部陽一郎という日本人だそうです。

● ざっくり説明

この作品は、重力を使って宇宙を理解しようとしているマクロな世界の法則と、素粒子のようにミクロな世界の法則とを結びつける、究極の統一理論を追いかけつづけている科学者たちの姿を映像として表現したものです。
宇宙のマクロの世界と素粒子のミクロの世界を表す理論は矛盾しますが、それを統一するのが、現代物理学究極の「万物の理論」。
現在最も有力な仮説「超弦理論」の世界がビジュアライズされます。

主人公T.o.E.(トーエ)が何者であるかは、まだ不明ですが、T.o.E.とはTheory of Everything(万物の理論)の意味。
物理学の究極の目標である「万物の理論」であり、宇宙の謎。
その究極理論の候補と考えられている「超弦理論」の9次元空間を、自由に移動できる男です。

私たちと同じ3次元空間に住む科学者たちが、T.o.E.を捕まえて「万物の理論」の秘密を知りたいと願っているという物語の設定。
トーエの渋い声役は、俳優の小山力也氏でした。

初めに問いかけられる「自分とは何か」という疑問が、いつしか「宇宙創世のルーツとは何か?」に大きく変わっていきます。
ミクロの世界での「不確定性原理」、「余剰次元」、「カラビ-ヤウ空間」、「膨張する宇宙」などといった科学の話が映像化され、目の前に非現実世界が広がります。
難しいテーマではありますが、観て味わうことが目的の体感映画なので、とにかく映像に引き込まれます。
科学理論は、あまりわかりませんでしたが、それでもおもしろかったし、メディアアートで表現された映像を通して観ると、理解できたようです。
3D CG技術を駆使した、都心の超高層ツインズビルがぐにゃりとゆがんで、神社の朱鳥居に変化する光景などにも目を奪われました。

最後まで顔を隠していたT.o.E.。
それは万物の理論がまだ明らかになっていないということなのでしょう。

3D眼鏡をかけてのドームシアターでの鑑賞なので、映像が立体的に、臨場感たっぷりに見えました。
監督は『呪怨』の清水崇氏、監修は現代物理学の権威、大栗博司教授。
とても観がいのある映像です。

続きを読む
posted by リカ at 18:01| Comment(0) | 【Cinema】日本映画 | 更新情報をチェックする

2019年09月24日

夢のような優美さと写実性~「マイセン動物園展」

museum.jpg


■ マイセンとは


ヨーロッパで初めて硬質磁器製造に成功し、300年前の1710年に王室磁器製作所を設立した、ドイツの名窯、マイセン磁器製作所とその作品を指します。名前はマイセン地方の地名から。
中国の磁器や日本の伊万里といった、東洋の磁器に魅せられたザクセン公国アウグスト強王に、白磁を作るように命じられた錬金術師が、製造に成功しました。
それ以来今日まで、ヨーロッパ最高の硬質磁器として知られています。

■ 今回の展覧会のテーマ


今回の展覧会は、「動物」にテーマを絞ったマイセン磁器作品が展示されています。
19世紀後半から20世紀初頭にかけて流行したアール・ヌーヴォ時代の作品が中心になっています。
出品作品は120点にも及び、その9割が初公開作品で、ほとんどが個人蔵。
マイセンらしい繊細な花や鳥のモチーフのほか、動物の置物も並んでいます。

■ 展覧会構成


   1章 神話と寓話の中の動物
   2章 器に表された動物
   3章 アール・ヌーヴォーの動物
   4章 マックス・エッサーの動物

■ 神話と寓話の中の動物

 ● 花鳥飾プット像シャンデリア

今回印象に残った作品は、どれも宮廷彫刻家、ケンドラー(1706~1775年)による作品でした。

36.jpg
「花鳥飾プット像シャンデリア」ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー、
エルンスト・アウグスト・ロイテリッツ 19世紀後半  個人蔵

こんなに繊細で温かみがあり、美しいシャンデリアは見たことがありません。
ろうそく台がありますが、たとえ照明が灯されていなくても、十分輝いています。
18世紀のロココ趣味時代の原型に、19世紀の好みのパーツを加えたシャンデリアだそうです。

大きな姿見もありました。
全ての女性をうっとり夢の世界へ送り込むようなシャンデリアと鏡。
これを持っている人は、なんと贅沢な時間を過ごせることでしょうね。

 ● 山羊に乗る仕立て屋

IMG_4529.jpg
「山羊に乗る仕立て屋」ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー
1820 - 1920年頃  個人蔵

サングラスをかけ、裁縫道具をあちこちに身につけた男性。
なぜか、山羊までサングラスをかけています。
貴族が身分が低い仕立て屋をやじって作ったものだそう。
目が悪い仕立て屋がヤギに乗って晩さん会に向かうものの、結局たどり着けない様子を風刺しているそうです。
そう聞くと気の毒な仕立て屋ですが、着ている衣装のフリルや小花がとても繊細で、目が奪われます。
山羊の毛の様子も、なかなかリアル。
笑いながらも、手の込んだ装飾に引き込まれる作品です。

 ● 人物像水注「四大元素の寓意」

神話と寓話をモチーフにして世界の構成要素を模した作品。
高級洋食器として知られるマイセンですが、彫像作品には高い芸術性と造形技術力が見られます。

1.jpg
人物像水注「四大元素の寓意〈地〉」
ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー 1820 - 1920年頃

〈地〉には、狩りの女神のアルテミス、狩猟犬、そして笛を吹く牧羊神のパンが見えます。
2.jpg
人物像水注「四大元素の寓意〈空気〉」
ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー 1820 - 1920年頃

〈空気〉には神々の女王ヘラと孔雀、使いの虹の女神イリス。
風の動きが見えるようですね。天使が、風神の持つような風の袋を持っています。
3.jpg
人物像水注「四大元素の寓意〈火〉」
ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー 1820 - 1920年頃

〈火〉にはフイゴを持つ鍛冶屋の神ヘパイストスと、火を人間に伝えたプロメテウスがいます。
把手は火竜になっていて、裏には火山が描いてあります。
4.jpg
人物像水注「四大元素の寓意〈水〉」
ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー 1820 - 1920年頃

〈水〉は海神ポセイドンとメドゥーサ。4頭の海馬や人魚、海亀、海蛇、イルカも見られます。
うろこの細かい表現がすばらしかったです。

■ 器に表された動物

 ● スノーボール貼花装飾蓋付大壺


800.jpg
「スノーボール貼花装飾蓋付大壺」ヨハン・ヨアヒム・ケンドラー
1820-1920年頃 個人蔵

圧倒的な装飾力。
明治時代の陶芸家、宮川香山はこうしたマイセンの作風に影響を受けたのではないかと思いましたが、そうではなくて、彼の真葛焼の方がマイセンに影響を与えたのでした。

マイセンと関連団体の歴史年表を見ていると、ウェッジウッド社が経営破綻し、フィンランドのフィスカース社の傘下となったと書かれていました。
英国王室御用達でも、そういうことになるのですね。
知らなかったので、大変驚きました。
さらに、すでにロイヤルドルトン社、ロイヤルアルバート社もフィスカースに買収され、WWRDグループホールディングスの一員となっていたことも知りませんでした。
陶磁器メーカーの歴史も変わりゆくものですね。

この展覧会では動物彫刻から壺や皿に描かれた動物に至るまで、さまざまな動物たちを観ることができます。
動物の種類も、ヨーロッパにいる動物だけでなく、キリン、ゾウ、ホッキョクグマ、ペンギンなどもおり、本当に動物園のよう。
作品の一つ一つに、リアルさを追求しながらも可愛らしい仕草を写し取った、マイセンの超絶的な技法が発揮されていました。

マイセン動物園展
パナソニック汐留美術館
2019年7月6日(土)〜9月23日(月・祝)
続きを読む

2019年09月20日

初めて絵画に「カワイイ」の概念を加えた画家~「円山応挙から近代京都画壇へ」

5.jpg


■ 円山応挙とは


東京芸大美術館で開催中の展覧会。
前期と後期の二期構成ですが、前期(8月3日 - 9月1日)は、猛暑に負けて、上野までたどりつけませんでした。
後期になり、少し暑さが和らいできた日に訪れました。

18世紀の江戸時代中期から後期にかけて京都で活躍した絵師、円山応挙(1733-1795)。
写生的画法に宋・元画の技法と西洋画の遠近法を取り入れ、円山派の祖とされています。

自然や花鳥、動物を生き生きと描いた応挙の画風は、狩野派のように堅苦しく難しい解釈を必要とせずに単純に目で見て楽しめる斬新なもので、京都で評判となりました。

■ 四条派って?

円山応挙の画風の流れを引いた「円山派」は理解できても、「四条派」についてはわかりません。
何だろうと思いながら会場に足を運ぶと、わかりやすいパネル解説がありました。
私のような(よくわからないけれど来てみた)という人が多いのかもしれません。

「四条派」の祖は呉春(1752-1811)。
与謝蕪村に学び、蕪村没後に応挙の画風を学んだ彼は、応挙の写生画に蕪村の瀟洒さを加え、南画と写生画とを融合させた情趣豊かな作風を確立しました。
彼が住んでいた通りの名を取って「四条派」と呼ばれるようになったそうです。

■ 円山・四条派

明治維新以降、京都画壇の主流派となったのは、「円山派」と「四条派」を融合した「円山・四条派」。
応挙・呉春を元とする円山・四条派の流れに、近代京都画壇をリードしてきた竹内栖鳳、山元春挙、今尾景年、上村松園たちも組しています。
この展覧会は、応挙、呉春から始まった円山・四条派の流れを通じて、京都画壇についての理解を深めるものとなっています。

■ すべては応挙にはじまる。

○ 重要文化財 円山応挙《写生図巻(甲巻)》

7.jpg
重要文化財 円山応挙《写生図巻(甲巻)》(部分)
明和8年~安永元年(1771-72)株式会社 千總蔵

写真などまだない時代の、彼の精密な写生画は、当時の人々をたいそう驚かせたことでしょう。

モフモフのかわいらしいウサギ!
いまにも動き出しそうで、さわると暖かそうです。
彼が描いたサルもイノシシも、フワフワの触りたくなるような毛並をしていました。

■ 孔雀、虎、犬。命を描く。

○ 重要文化財 円山応挙《松に孔雀図》


6.jpg
 重要文化財 円山応挙《松に孔雀図》寛政7年(1795) 兵庫・大乗寺蔵


応挙の最高傑作の一つとされている、今回の展覧会の目玉作品。
彼は息子や門人たちとともに兵庫県・大乗寺の襖絵群を制作しました。
今回は、応挙が最晩年に描いた《松に孔雀図》 が展示されています。

金地に墨一色で描かれた孔雀の豪奢な品の良さ、そして微に入り細に入る細かさ。
うーーん、本当に墨だけで描いたのでしょうか?

なんだかカラー色が見えるのは、目がおかしいんでしょうか?
たとえば松は緑に、孔雀は青く見えますが、それって私だけ?
黒一色とは思えない豊かな風合い、そして奥行きさえも感じます。
すばらしい襖絵です。

実際の大乗寺の部屋を再現した、十字型の配置となっています。
本当にお寺の一室にいるような気分で、表から裏から、じっくりと鑑賞できます。

・後ほど調べたところ、応挙は光の反射具合で青みを帯びる「松煙墨」を用いてこの作品を描いているとのことでした。
よかった、色盲じゃなかったみたい。

○ 円山応挙《狗子図》

8fa55276-s.jpg
円山応挙《狗子図》安永7年(1778) 敦賀市立博物館蔵

私にとっての応挙とは、とってもかわいい犬を描く絵師というイメージ。
犬好きだった応挙は、キュートな犬の絵を何十枚も残して「絵画に“カワイイ”を持ち込んだ絵師」とされています。
う~ん、すごい功労者!
応挙が描いたわんこたちの、コロコロとした愛らしさ。フカフカな感触も伝わってくるようです。

■ 山、川、滝。自然を写す。

○ 重要文化財 円山応挙《保津川図》

8.jpg
 重要文化財 円山応挙《保津川図》寛政7年(1795)株式会社 千總蔵


現代において、絵画で見たものを見たままに描くことは当たり前のこと。
学校でも写生の時間があり、まったく珍しいことではありません。
ただ、漢画ややまと絵が台頭していた時代は、見たことのない中国の仙人や風景や、何百年も前の平安貴族の物語などを描くのが絵画の常識だったことを、まずは認識しておかなくてはなりません。

今の私たちが「保津川図屏風」を鑑賞しても、特に引っ掛かりは感じませんが、制作時には、自然をこのようにのびのびと描いた絵画は非常に珍しかったということです。

この作品はとことん写実性に徹した描き方ではなく、琳派や狩野派、やまと絵といった日本の王道の画風に、新たに写生を取り込んだため、当時の人々にもさほど抵抗なく受け入れられていきました。

濁った急流部分では自然の荒々しさを描き、穏やかな流れの部分では、鮎が泳ぐ水清らかな川の表情の豊かさを表現しています。

ちなみに、所蔵元の千總とは、京友禅着物の老舗呉服会社。
今回は、多数の作品の展示に協力してくれています。

応挙の保津川図のそばに、その約100年後に描いた竹内栖鳳の保津川図も展示されていました。

■ 美人、仙人、物語を紡ぐ。

○ 上村松園《楚蓮香之図》

1.jpg
 上村松園《楚蓮香之図》大正13年頃(c.1924)京都国立近代美術館蔵


美人画に、浮世絵の技法を取り入れたことで知られる上村松園。
唐美人には、応挙の影響が見られるといわれます。
応挙の美人画は、あまりピンときませんが、幽霊を描いているので、美人も描いたことでしょう。(!?)
展示されている彼の美人画と、この松園の作品は、かなり似た雰囲気を醸し出していました。


■ まとめ

見るだけで楽しめる、わかりやすい応挙の絵。
今回はフォーカスされませんでしたが、彼は「足のない幽霊画」を初めて描いた人物だとも言われています。
そして、応挙の画風に、蕪村の瀟洒さを融合させた呉春。

京都で人気を博した二人の画家の絵画の流れが円山・四条派として、100年以上の長い間、京都画壇の主流となっていったというところに、山中の一滴が次第に広がって川となり、大海へと流れ込んでいくような壮大なイメージを感じました。

東京開催の後には、本拠地・京都の国立近代美術館で、重要文化財12件を含む124点が一挙公開される予定でます。
円山応挙から近代京都画壇へ
東京藝術大学大学美術館
会期 後期:2019年9月3日(火) - 9月29日(日)


巡回:京都国立近代美術館
2019年11月2日(土) - 12月15日(日)
続きを読む
posted by リカ at 19:05| Comment(2) | 【finearts】日本画 | 更新情報をチェックする