2013年03月29日

東京国立博物館140周年特別展「飛騨の円空―千光寺とその周辺の足跡―」

P518.JPG円空や木喰による、木彫りの仏の素朴な暖かさが好きです。
日本中を巡った円空(1632-95)は生涯で12万体の木仏を彫ったとされており、今回は岐阜の千光寺所蔵の円空仏61体を中心にした、100体の飛騨の円空仏が展示されています。

これまでにないくらい、展示スペースが小さかったのですが、一体一体の仏像の大きさを考えると、妥当な広さになるのでしょう。
円空の仏像は、あまり詳細までは造りこんでいない、素材の木の質感がダイレクトに伝わってくるようなもの。
それだけに、優美さよりも勢いを感じます。
強さが感じられる、無駄なものを一切省いた、無造作にも見える簡潔さは、鳶職人が作ったようにも思えます。
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どの仏像もとても簡素で、まだ作成途中のようにも思えるものばかり。
木から生まれ出てくる途中にも思えます。
特に、立ち気に直接掘ったという『金剛力士像』は、大きく迫力に満ちたものでした。
静けさと動きという正反対の気をあわせもつ作品。印象的です。

顔はどれも横広の笑い顔。見ている人に笑顔を与えます。

笑う仏像ばかり彫ったのかと思いきや、そういうわけでもなく、能の柿本人麻呂像や、歓喜天立像もありました。
象の頭を持つ男女神ですが、耳がないため、ワニやムーミンのようにも見えました。

三十三観音立像もずらりと並べられていましたが、実際には31体しかないのだとか。
村人が病に倒れると、病気治癒を願って観音像を借りていったのだとか。
全てが帰って来たわけではないため、数が欠けてしまったそうです。

弁天像の頭の上には、福の神宇賀神像がきちんと彫られてあったので、喜んでいたら、宇賀神像単体の像もありました。
蛇年なので縁起がいいです。

どれも一本の木から彫られているため、不動明王立像は、手に持つ剣と顔がくっついていました。
それでも、腕のところはきちんと穴があいていました。

東北大震災鎮魂のために出展したという、門外不出の「両面宿儺坐像(りょうめんすくなざぞう)」(ポスターの像)も、強いオーラが出ていました。
円空でないと造りあげられないものです。

中でも一番度肝を抜いたのは、千手観音菩薩立像でした。
木仏ながら、無数の手があり、見もの。
これらの脇手は後から張りつけたものだと説明にあって、納得します。
表現力の限界に挑戦しているものでした。

シンプルさの中に美とバランスを感じることができる作品群。
どれも観甲斐がありました。
博物館を出て、上野公園の夜桜を眺めながら、帰途につきました。
posted by リカ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 【finearts】書・版画・彫刻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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