2019年11月07日

芸術の秋、深まれり。「ハプスブルク展−600年にわたる帝国コレクションの歴史」

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■ 会について

神聖ローマ帝国の皇帝位を代々世襲し、「日の沈むことのない帝国」を統治した、ヨーロッパ随一の名門、ハプスブルク家。
数世紀にわたって広大な領土と多様な民族を支配し、富とネットワークを背景に、質・量ともに世界屈指の芸術コレクションを築き上げました。
その収集品の主要部分は、最後の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が建てたウィーン美術史美術館に引き継がれています。

■ 展覧会の構成

会場ごとに年代別になっており、5章7セクションの構成。

第1章「ハプスブルク家のコレクションの始まり」
    15世紀後半から16世紀に神聖ローマ皇帝となったマクシミリアン1世と、
    オーストリア大公フェルディナント2世ゆかりの絵画や武具。
    肖像画や工芸品、まばゆい甲冑コレクション4体。

第2章「ルドルフ2世とプラハの宮廷」
    ヨーロッパ史上稀代のコレクターとして名高いルドルフ2世。
    彼が獲得に情熱を注いだデューラーやジャンボローニャの彫刻に基づく作品など。

第3章「コレクションの黄金時代:17世紀における偉大な収集」
    1)スペイン・ハプスブルク家とレオポルト1世
    2)フェルディナント・カールとティロルのコレクション
    3)レオポルト・ヴィルヘルム:芸術を愛したネーデルラント総督
    ベラスケスを宮廷画家として招いたスペイン・ハプスブルク家、
    フィレンツェ派作品の収集に努めたオーストリア大公のフェルディナント・カールとティロル、
    そして今日の美術史美術館絵画館の礎を築いた、ネーデルラント総督
    レオポルト・ヴィルヘルムのコレクション。
    ベラスケス、ヤン・ブリューゲル(父)、ティツィアーノ、ルーベンス、
    レンブラントなど、ヨーロッパ各地の巨匠たちの作品。

第4章「18世紀におけるハプスブルク家と帝室ギャラリー」
    広大な領土を統治した女帝マリア・テレジアや、
    その末娘でフランス王妃となったマリー・アントワネット、
    神聖ローマ帝国最後の皇帝で、オーストリア帝国初代皇帝でもあるフランツ
    など、歴史上名高いハプスブルク家の人々の肖像画。

第5章「フランツ・ヨーゼフ1世の長き治世とオーストリア=ハンガリー二重帝国の終焉」

    ハプスブルク家有終の美を飾ったフランツ・ヨーゼフ1世ゆかりの品々。

■ 展示作品

ウィーン美術史美術館の協力のもと、絵画を中心に版画、工芸品、タペストリー、武具といった約100点を展示。
主要な王族にスポットをあてながら、多彩なコレクションを紹介しています。
その中から、数点をご紹介します。

■ 2人の画家による王女マルガリータ

スペイン絵画の黄金時代を代表する画家、ディエゴ・ベラスケス。
スペイン国王フェリペ4世付きの宮廷画家として、王族の肖像画などを描きました。
王女マルガリータ・テレサは、 フェリペ4世の2番目の妻の娘。
王は、マルガリータ王女が3歳、5歳、8歳の時の全身像を、ベラスケスに描かせました。
8歳の時のこの作品は、ベラスケス最晩年の傑作と評されています。

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ディエゴ・ベラスケス
《青いドレスの王女マルガリータ・テレサ》
1659年 ウィーン美術史美術館

また、この絵の隣には、ファン・バウティスタ・マルティネス・デル・マーソによる緑のドレスの王女マルガリータ・テレサが展示されています。(長い名前…)

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ファン・バウティスタ・マルティネス・デル・マーソ
《緑のドレスの王女マルガリータ・テレサ》
1659年 ブダペスト国立西洋美術館

2人の画家が描いた王女の肖像画を比べられるなんて、贅沢な体験。
それぞれ所蔵感は異なるため、なかなかこうした機会はありません。
2枚ともかなり似ていますが、青いドレスの布の質感の方が精緻に表現されています。
2人の画家を比較した場合、マーソがベラスケスの画風に寄っているといえるでしょう。

ファン・バウティスタ・マルティネス・デル・マーソはベラスケスの弟子で娘婿でした。
ベラスケスの死後、マーソも主席宮廷画家になったそうです。
彼の作品はベラスケスの作と間違われるほど質の高いもので、実際この作品も、近年まで、ベラスケス作だとされてきました。

王女をほぼ同時期に違う画家に描かせるとは、フェリペ4世はどうしたわけでしょう。
描き比べをさせたかったのでしょうか?

・・・その後、「マーソはベラスケスの絵を見ながら、模写のように描いたのではないか」とも思うようになりました。
でも、絵が仕上がったら、すぐにお待ちかねの王様に渡すような気もするし・・・。
うーん、どうなんでしょうね?

この肖像画を保有していたのは、フェリペ4世でもマルガリータ王女でもありません。
写真がなかった時代、嫁ぎ先に決まっていたハプスブルク家に、お見合い写真代わりに届けられました。
彼女は15歳でレオポルト1世の元に嫁ぎ、21歳でこの世を去るまでに、6人の子の母となりました。

少女時の肖像画が残されているため、次に紹介する王妃マリー・アントワネットよりも年下のようなイメージをつい持ってしまいますが、実際にはマルガリータが生きたのは、1600年代。
マリー・アントワネットより100年近く前の時代を生きた人です。

もっと言うと、マルガリータの夫のレオポルト1世の次の次の統治者が、マリアテレジア。
その娘になるので、あえてわかりやすく言うと、マルガリータはマリーのひいおばあちゃんのような立ち位置です。
そう考えると、肖像画の与えるイメージって大きいですね。

■ 王妃マリー・アントワネット 

大きな会場の中でもとりわけ人目を引く、美しい大作。
マリー・ルイーズは、マリー・アントワネット お気に入りの女流宮廷画家でした。
右上の胸像は、彼女の夫ルイ16世です。

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マリー・ルイーズ・エリザベト・ヴィジェ=ルブラン
《フランス王妃マリー・アントワネットの肖像》
1778年 ウィーン美術史美術館

先ほどの王女マルガリータの肖像画も、(8歳にしてすごく大きなパニエをつけているんだなあ)と驚きましたが、フランス王妃ともなるとさらに大きなパニエ。
ヴェルサイユ宮殿の扉は、このドレスが通れるほど大きかったんですね。
マリー・アントワネットは、当時のファッションリーダーだったので、彼女のこのドレスは流行の最先端だったのでしょう。

高貴で健康的な王妃とドレスの美しさが際立ちます。
当時も、そして現在でも、その美しさで人を引き付ける王妃。
この作品は女性に大人気で、大勢の女性たちが絵の前に立ち尽くして、しばらく動きませんでした。

■ 帝国の消滅

1916年にフランツ・ヨーゼフが没し、その2年後の1918年に第一次世界大戦が終結。
ハプスブルク家は神聖ローマ帝国の消滅後もオーストリア皇帝、ハンガリー王としてオーストリア=ハンガリー帝国を統治していましたが、帝国の消滅とともに、その長きにわたる支配は終わりました。
今回は、そうした歴史と共に芸術を鑑賞できるようになっています。

■ 観終えて

たくさんの価値ある芸術品がずらり展示されており、頭がいっぱいになりました。
長い期間、映画を誇り、帝国を統治してきた名門だけに、そのコレクションは質・量ともに群を抜いたものになっています。
複雑な家系図も掲示されており、歴史好きにも楽しめます。
今回特記しませんでしたが、地下には銀色に輝く甲冑4体も展示されており、その細かな芸術性にも目を奪われました。
芸術の秋に鑑賞するのにぴったりの展覧会。
とても観がいがあり、心行くまでアートと歴史に浸れます。

■ 会期

「ハプスブルク展−600年にわたる帝国コレクションの歴史」
国立西洋美術館
2019年10月19日(土)~2020年1月26日(日)
* この展覧会は巡回せず、国立西洋美術館のみでの開催となります。

posted by リカ at 17:17| Comment(0) | 【finearts】西洋画 | 更新情報をチェックする
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