2007年11月09日

明治大学文化プロジェクト 第4回公演『オセロー』

23657955_107.jpg場所:明治大学駿河台キャンパス アカデミーホール
作:ウィリアム・シェイクスピア / 訳:松岡和子
監修:原田大二郎 / 衣装:朝月真次郎

「嫉妬というのは 一人で種を孕んで、一人で生まれる 化け物なのです」

久しぶりの観劇。芸術の秋にふさわしく、重厚なシェイクスピア作品を観ようと出かけていく。
明治大学の学生劇だけれど、予想以上のグレードの高さ。
シェイクスピアのセリフは古めかしくて難しいけれど、演じる人たちはみんな発声もしっかりしていて、カツゼツもいい。
すんなりとオセローの世界に入ることができた。
3時間の長い劇。途中で休憩が入る。ロビーには、これまでの上演で使用された衣装が展示されていた。
とてもいいビロード生地を使っており、舞台映えするドレスの光沢のよさに納得がいく。
「ウィンザーの陽気な女房」のフォルスタッフの衣装には、本物の鳥の飾りがついていて、本格的だった。

本当に演劇を観るのはご無沙汰振りなので、細かいよしあしに鋭い目が向けられなくなっているため、今回は内容の「オセロ」自体についてじっくりと考えてみた。

「オセロー」はシェイクスピア四大悲劇の一つ。ほかの三つ「リア王」「マクベス」「ロミオとジュリエット」に比べて、派手な立ち回りがない分、人間心理に迫ったものになっている。
子供の頃にこの話を読んだときには、納得いかない話でしかなかったけれど、今改めて考えると、この作品が嫌というほど見せつけてくる、人間の「嫉妬」の恐ろしさに身がすくむ思いがする。

嫉妬心を持ったがゆえに、転落し、破滅していくオセロ、そしてイアーゴ。オセロの嫉妬は愛、イアーゴの嫉妬は憎しみと密接に繋がっている。
愛という一番美しくて崇高な感情に、どうしてもついて周る嫉妬という暗い影。
純粋な感情を持っているがゆえに、どんどん苦しみ、妄想に取り付かれ、不幸になっていくとは、なんて不幸なんだろう、と思う。
誰もが自分の感情の中に持っている嫉妬心を、ここまでえぐり出して見せられることに抵抗を感じるけれど、客観的に観れば嫉妬とはなんと愚かしく、そして哀れなものなんだろうとも感じられる。
それが人間であるゆえの弱さなのだけれど。

あまりにもむごいオセロの物語を見ながら、観客は誰しも自分の心と向き合って、身につまされる思いを味わうんだと思う。
ラストシーンは、主要人物がほとんど死んでしまう。シェイクスピア悲劇の幕切れは、おおむねそうだけれど、ずっしりと重い、やりきれないものをもらって会場を後にした。

ロビーに貼られてある掲示には「オセロは、当時のイギリス人の植民地気分を背景としたものだ」と書かれていた。レコンキスタなどで、イベリア半島征伐にイギリスが酔っていた時代と重ねて考えると、やはり有色人種(ムーア人)のオセロは、白色人種(イギリス人)のイアーゴに負かされる運命にあったとのこと。当時の人々の人種偏見と、そうでありながらも軍の将軍だったオセロへの人々の尊敬振りには、驚くものがある。

愛と嫉妬と憎しみは、どれも純粋な分、強烈で、いったんその感情のとりこになると、冷静に抜け出すのはとても難しいものなのだ、と実感した。
posted by リカ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 【play】演劇 | 更新情報をチェックする
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