そごう美術館1.佐伯芸術の始動
2.日本への「留学」
3.再びパリへ
佐伯祐三は美術の教科書に『郵便配達夫』が載っていたし、名前はよく聞くけれど、じっくりと作品を観たことがなかった。
まずはじめに、石膏でできた彼の「ライフマスク」(1923年)が展示されていたので、驚いた。
デスマスクではないけれど、目をつぶっていて生きているとは思えないような顔つきをしている。
写真も多々残っているけれど、マスクを見ただけでも、かなり彫りの深い顔をしていることがわかった。
フランスで制作に励んだ画家としては、黒田清輝や藤田嗣治、荻須高徳などが有名で、この人はどんな特徴があるんだろうと、じっくり見ていく。
まず、作品名が日本語のほか、英語で併記されているのが気になった。なぜフランス語にしないんだろう?
もしかすると、絵は日本向けで、フランスで売ろうとは思っていなかったのかもしれない。英語タイトルも別の人による後付けかも。
ルノワールやゴッホ、セザンヌに影響を受けたということで、確かにとても似ている。似すぎていて、フランスの画家達の模倣のようにも思えてくる。ここまで他の画家の特徴を捉えられるのもすごいと思うけれど、どんどん作品を観ていっても、なかなか佐伯オリジナルといった作品が出てこない。
はじめ、ヴラマンクに「アカデミックだ」と言われてショックを受けたとのこと。その後彼に「物質感はナマタラだがたいへん優れた色彩家」と評されたらしい。ナマタラの意味がよくわからない。
ヴラマンクは「人の模倣ばっかりするな」とは言わなかったんだろうか。私が気になっているだけかもしれない。
解説には書かれていないけれど、筆致がルオーによく似ていると思う。荒々しく力強い筆遣いが、時に繊細になると、それはユトリロっぽくなる。
ずっしりと重そうだけれど、どこか崩れそうな建物ばかり、彼は描いている。正面から堂々と描いているのに、観ているものをどこか不安な気持ちにさせる作品群。暗い色使いなのか、構図なのか、よくわからない。これが彼の特徴といえるのかもしれない。
人物画はとても少なく、ほとんどが動きのない風景画。ひと気のないパリの街並を描くのが好きだったようで、廃墟のような店と看板がたくさん描かれている。その看板の文字の荒々しさ。どの文字もなぐり書きのよう。
都会は寂しさや陰気な感じで、郊外は荒涼としている。晩秋のイメージ。
音や風や空気の存在を感じさせない絵だと思う。観ているうちにどんどん息苦しくなってくる。
「場末の町」に「Back Street」というサブタイトルがついているのが注意を引いた。
重い印象は、油絵の濃厚さが原因の一つだけれど、佐伯はカンバスの上に直接油絵の具を搾り出していたらしい。どうりでこってりとした作品になっている。
青空の印象が薄い。単なる背景であり、訴えかけてくるものが感じられない。
彼の作品は、私にとってはあまり魅力的ではないけれど、それでも力はある。何かを耐えているような絵。
それは時代の軋轢か、佐伯の内面の苦しみか、重力なのか。見ているとどんどん心が重くなってくる。
最後に『郵便配達夫』の絵があり、そして彼の愛用したというバイオリンがケースと一緒に陳列されていた。
彼はこれと自分の作品二枚を知人と交換したという。弓は2本。
松脂が「フェイスパウダー」と書かれていた。本当にそう訳すんだろうか?
彼の没後は、荻須高徳に形見として引き取られたとのこと。どんな演奏をしたんだろうと思った。
彼は結核で亡くなり、フランスのペール・ラシェーズ墓地に葬られたという。享年30歳。これからという時にもったいない。相次いで娘も亡くし、一人になった夫人は淋しく帰国したとのこと。孤高の画家の異国での戦いの軌跡を見たようだった。
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