2017年07月03日

没後20年 司馬遼太郎展「21世紀“未来の街角”で」

そごう美術館 (2017.6.30)
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司馬遼太郎の回顧展。もう亡くなられてから20年たったんですね。
没後20年にあたる昨年から国内6カ所での巡回予定。北九州、大阪、高知、そして横浜が4会場目。
東日本地区では唯一の開催地になります。司馬さんファンは関西の方が多いんでしょうか。
タイトルに横浜開港158周年も含まれているということは、彼の作品で横浜の開港が語られることがあったからではないかと思います。

全3部構成。作品の刊行年順ではなく、作品の描かれた時代別にまとめられており、日本の歴史に沿って話が紹介されているため、ディープなファンでなくてもわかりやすく追って行けます。
作品ごとにまとめられ、自筆原稿のほか、登場人物の関係資料、関連する絵画などが展示されています。

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T「戦国動乱 16世紀の街角」
U「維新回天 19世紀の街角」
V「裸眼の思索 21世紀の街角」


入り口には傘を持って歩く司馬氏のシルエット、入ってすぐには、『竜馬がゆく』の新聞連載のコピーがびっしりと壁に貼られたコーナーがありました。

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会場内は、ご年配の男性がほとんど。数人で来ては、小声で話をしながら熱心に一つ一つの資料に見入っています。
女性の姿は数人しか見えず、みんな夫婦で来ている風で、女一人は私くらいでした。
歴史を扱っているだけに、男性に人気の高い作家なんですね。
そしてそごう美術館には、普段は部屋ごとに学芸員がいますが、今回は何故かガードマンがいました。
美術展ではないからでしょうか?

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T「戦国動乱 16世紀の街角」
歴史とともに描いた戦国時代の人々の鮮烈な生きざま。
作品ごとにコーナーにまとめられています。

『国盗り物語』(1965-1966年)
斎藤道三、織田信長、明智光秀の物語。
本能寺の変で敵と味方に分かれた信長と光秀は、どちらも斉藤道三の相弟子同士だったと知ります。
「天下布武(天下を武力で制するという意)」と書かれた織田信長の黒印状。
斎藤道三の遺言状を司馬氏が書き写した色紙がありました。
もうこのブースだけで(この展覧会、すごいんじゃない?)と驚いています。

『箱根の坂』(1984年)
北条早雲の「虎の印版」がありました。うーん、見るのも初めて。貴重です。
小説の場面に合わせた絵画も合わせて飾られています。
大きな金屏風は大阪城博物館所蔵物。ゴージャス!

『関ヶ原』(1966年)
歴史資料の「関ヶ原合戦配置図」が展示され、「関ヶ原合戦図屏風」のレプリカも飾られていました。

『功名が辻』(1965年)
NHK大河ドラマ化されたこの作品では、ドラマの撮影で使用された山内一豊の甲冑とその妻千代の打掛が飾られていました。
間近で見られたので、しげしげと観察。どちらも非常に細かいところまで行き届いた縫製でした。

ほかに『城塞』『播磨灘物語』など、多くの作品コーナーで自筆原稿を展示していますが、そのどれも、すごく直しています。
5色に色分けして、消したり加えたりの推敲の多さに驚き。
天下の名作家といえども、訂正に訂正を重ねた努力の末に、作品を仕上げていったことがわかりました。

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U「維新回天 19世紀の街角」
開港を迎えて近代国家へと大きな変貌を遂げる時代。

『竜馬がゆく』(1963-1966年)
坂本龍馬の書簡(複製)や薩長同盟の裏書きがありました。
歴史が動く音が聞こえてくる気がします。
新聞連載時に挿絵を担当した岩田寿太郎氏の原画もありました。 

『燃えよ剣』(1964年)の土方歳三の鉢金(複製)、
『新選組血風録』(1964年)の近藤勇の髑髏模様の稽古着(複製)もありました。
髑髏模様は、なかなかに迫力のあるスケルトンでした。

『胡蝶の夢』(1979年)
「胡蝶 夢」と書かれた自筆色紙があり、素敵な言葉なので、司馬氏が好んで色紙に書いた言葉かと思ったら、そういうタイトルの作品でした。

『坂の上の雲』(1969年-1972年)
こちらもNHK大河ドラマ化されたもので、秋山好古、秋山真之の兄弟や、正岡子規の撮影時の服装が展示されていました。

"横浜に触れた本"というコーナーには、『峠』(1968年)、『世に棲む日日』(1971年)、『花神』(1972年)など6、7冊の作品が並んでいました。
『花神』では、大村益次郎の細かな計算が記された数学ノート、『峠』では、河井継之助のガトリング砲(模型)が展示されています。

また、デビュー前に住んでいた大阪マンモスアパートの文机がありました。
正座をして収まる、小さな座机です。
ここで新聞記者時代に直木賞を受賞した『梟の城』を執筆したんだなあと思いながら眺めました。

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V「裸眼の思索 21世紀の街角」
エッセイの『街道をゆく』『この国のかたち』『風塵抄』、そして子どもに向けた「二十一世紀に生きる君たちへ」が紹介されています。
『街道をゆく』(1971年 - 1996年)は、絶筆するまで手掛けていた最長シリーズで、ライフワークと言ってもいいものでしょう。43巻出ており、海外版もあるとは知りませんでした。

「二十一世紀に生きる君たちへ」
シンプルな文章ですが、非常に意味深いものを感じます。
"君たちだけが持っている大きなものがある。未来というものである。
私の人生は、すでに持ち時間が少ない。
例えば、二十一世紀というものを見ることができないにちがいない"

彼の作品は本格的な歴史小説で、量が多くなかなか難しいというイメージがありますが、壁いっぱいに展示された「二十一世紀に生きる君たちへ」の全文には、次の世代への気持ちがつづられています。
あれだけたくさんの文章を紡いできた人ながら、削いで削いで削ぎ落した、非常にシンプルな文章のために、すとんと頭に入ります。これが最終的に彼が人々に残したかった言葉なんだろうと思いました。

最後のコーナーでは、司馬さんからの「二十一世紀とは、どんな世の中でしょう」という語りかけに、来館者たちがさまざまな答えを付箋に書いて、ペタペタと壁に貼っていました。

私は、司馬遼太郎記念館(大阪府東大阪市)からのノートブックに感想を書いて、あとにしました。

彼の緻密な作品構成から、その小説は完全な正史、正論のように思えますが、そうとは限りません。
作者が惚れ込んで描く主人公たちは、みんな青雲之志を掲げて活躍する凛とした格好よさがあります。
歴史に色付けをして主人公たちを生き生きとよみがえらせることで、歴史の面白さを人々に教えた彼は、今も変わらぬ偉大なエンターテイナーなのです。

この回顧展を観て読んでみたくなった彼の作品は
『梟の城』、そして「街道をゆく」の『横浜散歩』『十津川街道』。
もともと長宗我部元親の本が読みたくて『夏草の賦』 もチェックしていましたが、まずは有名なところから読み始めたいと思います。

7月9日㈰まで横浜・そごう美術館で展示。
その後は、愛媛県美術館、姫路文学館で展示予定です。

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2017年06月12日

創建1250年記念 奈良西大寺展 叡尊と一門の名宝

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西大寺は、奈良時代の後期に女帝・孝謙上皇(後に称徳天皇)によって創建された、南都七大寺の寺院の一つ。
平城京の東大寺に相対する位置に建立され、今回はその創建1250年を記念する展覧会となります。

展示されるのは仏像や仏教絵画、密教法具といった工芸品の数々で、西大寺のほか、元興寺・浄瑠璃寺・白毫寺、極楽寺・称名寺といった真言律宗一門の所蔵品が一堂に展示されます。

この展覧会の見どころは、次の3点です。(公式サイトより)
@ 総本山西大寺の寺宝を一堂に
創建1250年を記念し、西大寺蔵の彫刻や絵画、工芸、古文書など国宝、重要文化財を含む名宝の数々を公開します。

A 真言律宗一門の諸仏と宝物
京都・浄瑠璃寺の秘仏、重要文化財「吉祥天立像」を東京展・大阪展にて期間限定で公開します。また真言律宗一門から選りすぐりの寺宝を展示します。

B 地域性も豊かな展示構成
鎌倉時代以降、東国・畿内・瀬戸内や九州に至る真言律宗の地域的な広がりと信仰のかたちを紹介。当時の僧侶や関係者の足跡を辿ります。

第1章:西大寺の創建
第2章:叡尊をめぐる信仰の美術
第3章:真言律宗の発展と一門の名宝

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西大寺東塔跡と本堂(重要文化財)


第1章:西大寺の創建

奈良を訪れるほとんどの観光客が東大寺の大仏を観に行くと思います。
対となる西大寺は、東大寺に向かう道すがらの近鉄奈良線「大和西大寺駅」そばにあるものの、駅は乗り換えに利用されることが多く、意外にも参拝者が少ない、穴場の場所。
数年前に訪れた時も、上の画像のように、人の少ない静かな寺院でした。

今回は、真言律宗の総本山である西大寺に加えて、鎌倉の極楽寺や横浜・金沢八景の称名寺といったなじみ深いお寺の所蔵品も展示されています。

まずは密教法具の「金剛杵(こんごうしょ)」が何点も展示されています。
空海の肖像画に描かれているもので、鈷(こ)の数が異なる独鈷杵・三鈷杵・五鈷杵の三種類が金剛鈴と一緒に金剛盤の上に置かれていました。

[国宝]「十二天像」のうち「閻魔天像」「火天像」「帝釈天像」「水天像」
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[国宝]「十二天像」のうち「閻魔天像」「火天像」「帝釈天像」「水天像」(奈良・西大寺)

密教の修法道場を守護する護法神、十二天像の仏画。
9世紀の制作とされ、十二天画像としては現存最古の作例。12幅完存です。
会期の前期は「帝釈天像」「火天像」、後期は「閻魔天像」「水天像」と2幅ずつの展示となり、私が観たのは「閻魔天像」(左上)と「水天像」(右下)でした。

ほとんど剥げており、顔の部分などはよくわからなくなっていますが、同行者は「水天のそばに蛙が見える!」と恐れをなしていました。
言われてみればそうかしら、といった程度ですが、カエルが苦手な人は一瞬でわかるようです。

第2章:叡尊をめぐる信仰の美術

[国宝] 興正菩薩坐像

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[国宝] 興正菩薩坐像 鎌倉時代・弘安3年(1280) 奈良・西大寺
画像提供:奈良国立博物館 (撮影 森村 欣司)


真言律宗は空海を高祖とし、鎌倉時代中頃の西大寺の高僧、叡尊(興正菩薩)を中興の祖として仰いでいます。
新たに国宝に指定された「興正菩薩坐像」は安定感のある坐像。法衣の流れにも静けさと写実性が感じられる、叡尊80歳の寿像です。

元興寺の「聖徳太子立像」は、太子2歳と16歳の時の像で、どちらも重要文化財。

五輪塔などは梵字で書かれたものが多く、なにがなんだかわからなかったため、解説があればいいのにと思いました。

[重文] 文殊菩薩騎獅像及び四侍者立像のうち文殊菩薩坐像・善財童子・最勝老人

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[重文] 文殊菩薩騎獅像及び四侍者立像のうち文殊菩薩坐像 鎌倉時代・正安4年(1302)
奈良・西大寺 画像提供:奈良国立博物館(撮影 森村 欣司)


叡尊は文殊菩薩信仰に基づいて、多くの慈善事業を行っています。
これは叡尊の没後に弟子たちが発願し、13回忌の正安4年4年(1302)に完成した、中国五台山の文殊信仰に基づく文殊五尊像。
中央の文殊菩薩像は、通常は神象の上に乗っていますが、ここでは象から降りた形での展示。
そのため目線が近く、穏やかな表情や細かな細工の装飾品がよく観られます。
傍らの善財童子の仕草がかわいらしかったです。

第3章:真言律宗の発展と一門の名宝

[重文] 吉祥天立像(京都・浄瑠璃寺)

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[重文] 吉祥天立像 鎌倉時代 京都・浄瑠璃寺
画像提供:奈良国立博物館(撮影 佐々木 香輔)


今回の私の一番のお目当ては、この浄瑠璃寺の吉祥天でした。
浄瑠璃寺でも拝観期間が限られており、秘仏とされる吉祥天を都内で観られる絶好のチャンス。
しかしながら6/6〜6/11の6日間しか公開されないため、混雑を覚悟で向かいました。

会期終了間近ということもあり、全体的に会場内は混雑していました。
通常は、入り口付近が混雑していても、進んでいくにつれ人がばらけて、空いてくるものですが、今回は最後の方の展示室7に、人が密集していました。
黒山の人だかりの前に、吉祥天立像が。
誰もが、この像を楽しみに訪れたようです。

もともとはみうらじゅん氏が『見仏記』でべた褒めしていたことから知った、浄瑠璃寺の吉祥天女。
写真では何度も目にしていますが、やはり実際は違いますね。
厨子に入っているとのことで、小さな像を想像していましたが、像高90.0cmの、堂々とした立ち姿。
予想よりもはるかに美しく、色白の丸みを帯びた顔つきは人間的かつ気品に満ちたもので、風をはらんだようにふくらんだ衣裳のドレープもすばらしいものでした。
人の波に右に左に押されながら、見ても見ても飽きることはありません。
たしかに「日本一の別嬪像」だと言われて頷けるものです。
みうら氏同様、私もすっかりこの像の魅力に参りました。またお会いしたいなあ。


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東京の後は、大阪と山口で開催されるこの展覧会。
三井記念美術館の次の展示は、ぐっとゆるくなって「地獄絵ワンダーランド」となるそうです。
● 『創建1250年記念 奈良西大寺展 叡尊と一門の名宝』

2017年06月02日

「名刀礼賛 もののふ達の美学」内覧会

e202390a.jpg2017年5月31日(水) 泉屋博古館 分館

黒川古文化研究所と泉屋博古館の連携企画特別展「名刀礼賛 ― もののふ達の美学」ブロガー内覧会に参加しました。

兵庫県西宮市に位置する黒川古文化研究所(昭和25年設立)は、東洋の古美術を2万点以上所蔵し、国宝・重要文化財を含む名刀の一大コレクションで知られています。
今回は泉屋博古館との連携企画により、東京で初めて、研究所の所蔵品が公開されることとなりました。

展示されるのは、国宝「短刀 無銘(名物 伏見貞宗)」や重要文化財「太刀 銘 備前国長船住景光」といった国宝2口、重文10口を含む、平安時代から江戸時代までの刀剣約30口と、刀装具や書画など。
「刀剣」「拵えや鍔などの刀装具」「武士が描いた絵画」の三部構成で展示されています。
 ※特別に展示室での撮影許可を頂いております。

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泉屋博古館の野地分館長の挨拶のあと、黒川古文化研究所の川見典久研究員によるギャラリートークがありました。
磨き抜かれた日本刀を前にすると、その美しさと妖しさに取り込まれそうな気持ちになって、ただ茫然と見入っている私。
今回はもっと詳しく鑑賞できるよう、初心者にもわかりやすい解説をしていただき、刀の鑑賞ポイントとなる「地肌」「姿」「刃文」の3点を学びました。

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黒川古文化研究所 川見典久研究員による解説


鎌倉時代に作られた太刀は太く長いものでしたが、戦国時代になると馬上で刀が抜けやすいように、実用的に刃長が短くなり、また腰に差すようになったことで更に短くなり、銘がなくなっていったそう。
さらに実際に使っている刀は、研ぐ必要があるため、研ぐにつれて必然的に細身になっていったそうです。
そして、後の時代になると切っ先が太くなったのだそう。普通は重さ1kgほどだそうです。

実際に刀として使われながらも作られたままの形状を保つ古刀はもはや存在せず、時代を経て太刀が刀になったものもあるそう。
神社などに奉納され、実際に使用されなかった古刀のみが完成時の形で保存されているとのことです。
「細身で腰ぞりの刀は上品」との川見氏の言葉に、なんだか色気を感じるなと思いました。

時代ごとの使い方に合わせて少しずつ形が変わっていった刀。
歴史の変遷を雄弁に語っています。

【T 刀剣】
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右は室町時代の太刀、左は江戸時代の刀。
太刀は刃を下にし、刀は上に向けるのが、太刀と刀の大きな違いです。


国宝は鎌倉末期の刀2点。
京都の刀工、来国俊(らいくにとし)の作で徳川将軍家伝来の国宝「短刀 銘 来国俊」と、貞宗作と伝えられる「短刀 無銘(名物 伏見貞宗)」です。

「伏見貞宗」は、8代将軍・徳川吉宗(1684〜1751)の命で編さんされたといわれる『享保名物帳』に「近江源口藩主加藤家所有の伏見貞宗」として掲載された名物刀剣の一つ。
「貞宗」とは、「正宗」の後継者と言われる相模国の刀工。
刃の長さ30.2cm。表には不動明王、裏には毘沙門天の種字が彫られています。
目利きの本阿弥家13代光忠により「金子三百枚」と大付された折り紙が附属しています。
賤ヶ岳の七本槍・七将の一人、加藤嘉明が入手したとのこと。素晴らしい刃文でした。

中世期には、日本刀の大半が備前で作られました。
今回も備前刀が13振展示されており、ほかと比べて、ダイナミックな波紋を持つという印象です。

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「折り紙」とは本阿弥家による刀剣の鑑定書。
室町時代以降、刀剣が贈答品としても取り扱われるようになり、その価値を証明する必要が生じたそうです。
なぜかというと、価値がわからなければ、お礼のお返しが決められないから。
日本人の風習は、昔も今も変わっていませんね。
「折り紙付き」という言葉の語源は、ここにあるそうです。
なるほど!初めて本来の用途の折り紙を見ました。
普通の正方形の色折り紙とは違い、墨で記され、花押が押された証明書を蛇腹折りにしたものが、言葉の由来となったものでした。

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梅花皮鮫(かいらぎざめ)の皮で作られた明治時代の鞘脇指拵がありました。
梅の花のような模様が浮き出た、華やかな逸品でした。

江戸時代に作られた日本刀は「新刀」とされます。
国包の「刀 銘 山城第禄藤原用恵国包」がありました。
国包(くにかん、初代仙台国包)は、伊達政宗の銘を受けて上洛して鍛冶を学び、のちに仙台に戻って名刀をんだ刀工。国包(二代目以降の読みはくにかね)の名は、明治の13代目まで続きました。

また、井上真改の「刀 銘 山城第禄藤原用恵国包」もありました。
大阪正宗と言われた刀工で、刃には不動明王の化身、倶利伽羅剣が刻まれていました。

【U 拵えと鐸・刀装具】
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江戸時代になると、武士達が戦で刀剣を使うことは、実際にはほとんど無かったそうです。
派手な鞘を作れなくなったこともあり、変わりとして刀の鐔(つば)や目貫といった刀装具の細工に凝るようになりました。
49点の刀装具を展示。冒頭に展示されていた守長「太刀 銘 守長造」の附属物もありました。

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さまざまな技法を駆使して、鐔、小柄、笄(こうがい)といった小さな刀装具に花鳥風月、故事、和歌などの意匠を表しています。
鍔の素材が多岐に渡ることを、初めて知りました。

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御用彫物師の後藤家の作品もありました。細工の精巧さを確かめたくて、手元ルーペが欲しくなります。
今回の展覧会では、そんなニーズに応えて、単眼鏡の無料貸し出し・販売も行っています。

【V 絵画−武士が描いた絵画】
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戦がない間、絵画を描き、その才能を開花させて、画家となった武士もいました。
渡辺崋山といったら蛮社の獄ですが、彼は武士であると共に画家でもありました。
彼の弟子として作画を学んだのが椿椿山(つばきちんざん)。
その師弟の作品が並んで展示されていました。

刀剣の一大コレクションを誇る黒川古文化研究所の所蔵品を目の当たりにできるのは、都内では初めてのこと。初心者にもわかりやすいような解説パネルもあります。
時代ごとの刀や装身具の変遷がわかるとともに、刀を通して武士の教養の高さと美意識を感じることができ、たしかに「名刀礼賛 もののふ達の美学」という名の通りだと納得できる展覧会となっています。

特別展「名刀礼賛 ― もののふ達の美学」
 開催期間:2017年6月1日 〜 2017年8月4日
 開館時間:10:00〜17:00 (入館は16:30まで)
 会 場:泉屋博古館 分館(東京都港区六本木1-5-1)
 休館日:月曜日(祝休日の場合は開館し、翌日休館)